指輪物語

Written by True

序章


「うひゃ〜〜、すげえ!見ろよ、宝の山だぜ!!」

俺は目の前に広がる夢のような光景に、後ろに控えていた仲間たちを振り返り、満面の笑みを浮かべた。
そりゃそうだ。
底意地の悪い魔術師が作ったこのダンジョンに足を踏み入れ、何度死にそうな目に遭った事か。
その苦労が今、報われようとしてるんだからな。

目も眩むばかりに輝く宝石や工芸品の数々。
冒険者の店の親父の情報は、確かだったってワケだ。
へっ、帰ったら一杯酒を奢ってやるかな。

「こいつはすごい・・・黒の魔術師グラシャラボラスの財宝が、これほどの状態で残されていたとはな・・・」

俺に続き室内に足を踏み入れたグリムワルドは、所狭しと置かれた工芸品にすっかり目を奪われている。
今回のお宝は、ほとんどが古代の魔術師が作った魔導工芸品ばかり。
その価値を見出すには、俺なんかよりも同じ魔術師であるグリムワルドの方が打って付けってワケだ。
ここにあるものの価値が一体どれほどのものなのか・・・奴の顔が、嫌でも教えてくれている。

「おい・・・めぼしい物を手に入れたら早いとこズらかろうぜ!なんかヤバい予感がするんだよ・・・」

その時、グレートソードを構え、通路を警戒していたバァンが、不安そうに入り口から頭だけを中に入れ、俺たちに訴えてきやがった。
こいつ、腕は確かなんだけどな・・・どうにも心配性でいけねえ。
「一流の戦士というのは、常日頃から慎重なものだ」なんて本人は言っているが、奴の場合は単に臆病なだけだろうっての。

「・・・私も不吉な予感がします・・・先ほどのスケルトンやグールが最後の障害とは思えません。まだ幾つか、恐ろしい罠が仕掛けられていると考えるべきでしょう。偉大なるナナファリアは、我々に試練の時を与えているのかもしれませんね」

バァンに寄り添うようにして、神官のティティスも厳しい面持ちで奴の言葉に同意した。
慈愛の神ナナファリアからの啓示でも受けたのか?
もっとも彼女はいつもバァンの味方だからな・・・只奴の意見に賛同したってだけかもしれねえ。
ま、どうでもいいけどよ。

「分かった分かった・・・とっとと済ませるから、ちっと待ってろって。ったく・・・お宝くらいじっくり鑑定させろよなぁ」

「宝と共に、あんたもここで永遠の眠りにつく気?無駄口叩いてる暇があったら自分の仕事をしなさい」

俺の台詞に、アーデリアの奴がすかさず皮肉を込めた辛辣な言葉を投げかけてきやがった。
いつもいつも、人をイラつかせることばかり言いやがって・・・どうにもこいつとは相性が悪くていけねえ。
高貴なエルフ様は人を見下すのが自分の仕事だとでも思ってやがるのか?
俺はアーデリアを無視し、めぼしい宝石を袋に詰め込む作業に専念した。


「こ、これは・・・!」

その時――部屋の奥から、何かに驚いたようなグリムワルドの声が聞こえてきた。

「・・・どうしたんだよ、爺さん?」

俺は作業を中断し、薬品棚か何かの前で蹲っているグリムワルドの背後に近づく。

「し、信じられん・・・まさか・・・まさか、『こいつ』がまだ実在していたとは・・・・・・!」

グリムワルドは何かに憑かれたような声で、手にしたものを食い入るように見詰めていた。
後ろから覗き込むと、奴は埃に塗(まみ)れた木箱と、そして小振りの指輪を手に持っていた。

「お!値打ち物そうじゃねえか・・・どれ、俺にも見せろよ」

「ば、馬鹿者!気安く触るではない!!」

いかにも古代の代物らしい装飾を施された指輪を間近でじっくり見ようと手を伸ばしたんだが、グリムワルドの奴が鋭く俺の手を叩いて、指輪を自分の懐に仕舞い込んじまった。

「って・・・っ!なんだよ・・・勝手にガめようったってそうはいかねえぞ? いくら魔術師の指輪だからって、お前一人に所有権があるワケじゃねえんだからな!」

「何を言うか、この無知者め。こいつはお前さんが思っているような、只のお宝ではない!いいか・・・?この指輪は、グラシャラボラスの財宝の中でも、特に価値のある魔道工芸品なんじゃよ」

グリムワルドは息巻く俺に小馬鹿にしたような顔を向けながら、懐に仕舞い込んだ指輪をもう一度取り出し、天井に掲げて見せた。
血のように赤い宝石と、それを覆う金のリング。
確かに他の財宝とは違う何かが、その指輪からは伝わってくる。

「なんだってだ・・・『爆炎』の魔法でも封じ込められているのか?」

「そんなくだらん能力ではない・・・もっと――もっと素晴らしいものなんじゃよ!」

そう言って、ニヤリと笑うグリムワルド。

「なんだよ・・・また何か、よからぬ事でも企んでいるのか?」

俺は奴の笑いの意味をすぐに察し、耳を近づけた。
爺さんがこの笑いをする時は、決まって何か邪な事を企てている時だからだ。

「ここではまずい・・・今夜、じっくりと話してやるわい」

「へへへ・・・諒解」

どうやら、お宝は俺の想像以上にトンデモない代物らしい。
しかもこうして俺だけにこっそり話すと言う事は、何か他の連中には聞かれてはマズイ、ヤバめな内容って事だ。
こいつは・・・今夜が楽しみだぜ。
通路にいるバァンたちに感づかれないように、俺たち二人は静かに、声を殺して笑った。



第T章 支配の指輪


俺の名はダガー。
しがない盗賊だ。
最初に一言言っておくが、俺たちは別に魔王を倒すだとか、世界に平穏をもたらそうだとか、ご大層な大義名分を掲げた勇者様ご一行じゃねえ。
古代の遺跡に眠る財宝を探し、それを手に入れてハッピーな人生を過ごそうと考えているだけの、どこにでもいる普通の冒険者だ。
(もっとも、バァンの奴はそうしたヒロイックサーガに憧れて冒険者になったらしいけどな)

そんなワケで今回、俺たちは大量のお宝を手に入れ、意気揚々と街に凱旋した。
取りあえず酒場で祝杯をあげ、後は冒険の疲れを癒す為、各々自分たちの部屋で休みについている筈だ。
・・・俺と、グリムワルドの爺さん以外は、な。


「――そろそろ話せよ、爺さん。あの指輪・・・一体なんなんだ?」

散々我慢させられた鬱憤もあってか、俺は玩具をせがむガキのようにグリムワルドに詰め寄った。
ここはグリムワルドの部屋。
今回の収穫で懐もかなり潤った為、豪勢に全員個室を取ったんだ。
他の連中はもう眠っているだろうし、邪魔者は入らない。
ゆっくりと爺さんの悪巧みに耳を傾けられるってワケだ。

「フフフフフフ」

グリムワルドはもったいぶったように、自分の荷物の中から例の木箱を取りだし、そして赤い宝石が嵌め込まれた指輪をその中から取り出した。

「聞いて驚け・・・こいつはな、支配の指輪じゃ」

「支配の指輪?」

「そう・・・グラシャラボラスが生み出したものの中でも禁忌に分類される、いわゆるカースドアイテムなのじゃよ」

「・・・支配・・・って、周りの人間を自分の思い通り、操れるようにでもなるってのか?」

俺はまじまじと、爺さんの言う『支配の指輪』とやらをもう一度観察した。

「フ・・・そうとも言えるし、そうでないとも言えるな・・・・・・」

「どっちなんだよ」

先程の酒がまだ残っているのか、グリムワルドは真っ赤な顔で、楽しそうに指輪の宝石部分を指でなぞっている。

「こいつはな、他人の肉体と精神を、乗っ取る事ができるんじゃよ」

「ノットル?」

「そう・・・『隷属させるもの』にこの指輪を嵌めさせ・・・支配者がこちらの水晶玉を手に持ち呪文を詠唱する・・・」

グリムワルドは、木箱の中から大人の拳ほどの、紫色に輝く水晶の玉を取り出した。

「すると、支配者の意識が『奴隷』の意識を乗っ取り、その肉体を自分の思い通りに操る事が可能になるんじゃよ」

「フ〜ン・・・でも、それってそんなスゲエ事か?」

指輪の効果は分かったが、グリムワルドがなんでここまで興奮しているのかが、俺には今一つよく分からない。

「鈍い奴じゃのう・・・こいつを使えば、どんな者の肉体であろうとも、自分の思い通りにする事ができるんじゃぞ?人間は勿論、ホビットだろうがエルフだろうが・・・・・・女だろうが――な」

そう言って、グリムワルドはニヤリと笑った。
女――?
女の体を・・・・・・
乗っ取る?


「お、女の体に入り込める・・・ってのか?」

「当然じゃ!おなごの肉体を支配し、その体を自分の好きにできるなど・・・これを男の夢と言わずしてなんとする?その妄想を具現化するアイテムが今、ワシらの手元にあるんじゃよ!!」

爺さんは再び、俺に指輪を突き付けてきた。
視界一杯に広がる宝石の赤い輝きが、途端に妖しいもののように思えてくる。

――女を支配する――
そんな妄想を抱いた事がないと言えば、確かに嘘だろう。
(まあ、『支配』の概念が少し違う気もするが)

どんな女でも、自分の思い通りにできるってんなら・・・確かにそれは、胸踊らされる話だ。
この指輪を、支配したい女のその指に嵌めさせさえすれば本当に・・・そんな事が可能だってのか?

「ま、マヂかよ・・・どうも今一つ眉唾だなぁ〜・・・逆にこの指輪嵌めて、宝石に封じ込められていた魔術師の霊かなんかにテメーの体乗っ取られるとか言うんじゃねえのか?吟遊詩人の詩でそんなの聞いた事あるぜ」

「疑り深い奴じゃな・・・!まあいい。実際に試してみれば、自ずとこの指輪の偉大さが理解できるじゃろうからな・・・」

「は?試すって・・・どう試すんだよ?」

「この指輪を誰かに嵌めさせ、その体を支配してみせれば、お前さんも信じるしかなかろうて?」

「そ、そりゃそうだけどよ・・・一体、誰で試すってんだ?」

「・・・ワシがなんでこんな夜遅くにお前さんに話を持ちかけたと思う? 皆が寝静まるのを待っていたからじゃよ。こっそりと奴らに指輪を嵌めさせても、気付かれぬようにとな・・・」

「はぁ?ま、まさか試すって・・・アーデリアたちでか!?」

グリムワルドの言葉に、俺は自分の耳を疑った。

「当たり前じゃ!アーデリアとティティス――どちらも飛びきりの美女ではないか!目の前に美味そうな御馳走がぶら下がっとると言うのに、食らいつかん馬鹿がどこにいると言うのか!」

「アーデリアと、ティティスの体を、乗っ取る・・・・・・?」

確かに・・・グリムワルドの言う通り、あの二人はむしゃぶりつきたくなるほどの美女だ。
その体を支配する・・・
自分の思い通りにできるってのか・・・・・・!?

「どうやら・・・ようやく話の重大さを理解したようじゃのう・・・・・・」

俺の心の内を見透かしたかのように、グリムワルドは邪悪な笑みを浮かべた。

「どうじゃ・・・?お前も、アーデリアの奴には日頃の恨み辛みが積もり積もっておるのじゃろう?あの生意気なエルフ娘を、辱める事も思いのままとなるのじゃぞ?」

確かに――
あのクソ女にムカついているのは、事実だ。
いつかギャフンと言わせてやろうと思った事は、一度や二度じゃねえ。

「片や、ティティスはあの通り清楚で可憐な容姿と性格の持ち主・・・そんな彼女の乱れた姿を、自由に眺める事だってできるのじゃぞ?」

神に仕え、神の神子(みこ)として常に厳格な態度を崩さないティティス。
穢れなき筈の聖女が、イヤらしい姿を俺たちの前にさらすってのか・・・?

「・・・け、 けどよ。あ、あいつらがそんな簡単に指輪なんて嵌めさせてくれる筈ねえだろう?俺たちが贈り物だとか言った所で、胡散臭がられるのがオチだぜ?」

俺は密かに興奮しながらも・・・グリムワルドに反論した。
そうだ。
もしも『支配の指輪』の力が本物だとしても・・・それを身につけさせなきゃ、どんなアイテムだって効果は発揮できねえだろう?
特にアーデリアの奴はエルフだからか感が鋭いし、何より俺なんかの事は端から信用していやがらねえだろうからな。
何か悪巧みでも企んでいるだろう、なんて疑われるのは火を見るより明らかだ。

「その点は抜かりはないわい・・・だからこそ夜を選んだと言ったじゃろう? 眠っている間に指に嵌めさてしまえば、簡単な話じゃて」

「部屋に忍び込んで寝込みを襲うってのか?バレるっつーの!アーデリアの耳の鋭さ、知ってるだろう!?」

「分かっとるわそんな事!ワシを誰だと思っておる!?」

グリムワルドは真剣な表情でさらに俺に詰めより、耳打ちするような仕草を取った。

「何か・・・作戦があるってのか?」

その自信満々の態度に圧倒されながら、俺は顔を近づけた。

「既に手は打ってあるんじゃ。先程の食事の時・・・酒場のオヤジに金を掴ませて、女連中の食事に遅効性の『眠りの粉』を盛っておいてもらったんじゃよ」

「い、いつの間に・・・」

まったく・・・抜け目のない野郎だ。
すでにあの時からこんな事企んでやがったのか?
しかも仲間の皿に一服盛るなんて・・・このジジイ、とんでもねえ悪党だぜ。

「今頃二人は、ぐっすりと夢も見ずに眠っておる・・・部屋に忍び込み、多少騒いだ所で気付かれる恐れはないわい・・・・・・更にじゃ」

グリムワルドは魔術師の杖を手に持った。

「こいつで部屋の周りに『静寂』の魔法をかけ・・・後は、盗賊であるお前がおなごどもの部屋に侵入し、指輪を嵌めさせてしまえば――ヌッフッフ・・・どうじゃ?まさに完璧!」

「な、なるほど・・・!」

「ワシの魔法と、お前さんの盗賊としての能力・・・こいつが合わされば、奴らに気付かれぬうちに事を運ぶなど朝飯前じゃろう?それに都合よく指輪は複数見つかっておる・・・ワシら二人が、アーデリアたち二人を支配するのに、これほど都合のいい状況が考えれられるか?考えられんじゃろうて!」

本当に――こいつの知恵には頭が下がる。
悪巧みとなると、マヂで天下一品だ。
これならば確かに・・・連中の指に指輪を嵌めさせる事くらい、簡単な話だぜ。

「――く・・・くっくっくっくっく・・・・・・!」

俺は俯き、声を殺してしばらく笑った後・・・・・・グリムワルドが持っていた指輪を素早く手に取った。

「・・・・・・・・・やるか?」

「ああ・・・どっちの体を乗っ取るかは、恨みっこなしといこうぜ?」

「分かっておるわい。お前さんはエルフ娘で決まりじゃろう?ワシは妖精族には興味はない。あるのは若い生娘のカラダだけじゃよ・・・うぷぷぷぷ」

これ以上はないと言うくらい満面の笑みを浮かべるグリムワルドの爺さん。
俺たちって・・・ひょっとして最強のコンビか?

くっくっく・・・見てろよアーデリア・・・?
たっぷりと今までの恨みを晴らさせてもらうからな!
俺たちの目は――すでに獲物を狙う獣のそれに変わっていた。



第U章 眠れる美女と二匹の野獣



廊下に、グリムワルドの呪文が静かに木霊する。
アーデリアの部屋の前で、俺たち二人は中の様子を伺っていた。
念の為扉を叩いてみたが、奴が起きた様子はない。
爺さんの盛った眠り薬が効いている証だろう。


「・・・準備はいいぞ――」

しばらく杖を掲げながら、渋い顔でブツブツと呪文を唱えていたグリムワルドが、俺の方を向いて合図をした。
『静寂』の呪文が発動したらしい。

「よし・・・次は俺の番だな」

その言葉を受け、俺は静かに深呼吸した後、多少緊張を伴った動きで扉に手をかけた。
この部屋自体は静寂の魔法のお陰で音の干渉は受けないが・・・あまりこんな所でウロウロしていると、関係ない周りの部屋の宿泊客に見咎められる危険がある。
なるべく音が鳴らないように・・・素早く戸を引き、俺はその内へと潜り込んだ。

当然、中は灯り一つない暗闇だ。
しかし、盗賊である俺にとってはこの程度の闇など恐れる必要すらない。

「!」

首を巡らせ部屋の様子を観察していると、すぐさまベッドに寝そべるアーデリアの姿を発見した。
・・・マヂで寝てやがるぜ・・・・・・
侵入者が現れたと言うのに、全く起きる素振りすら見せない。
気配に敏感なエルフをここまで眠り込ませるとは・・・よほど強力な薬らしい。
今度、爺さんに成分を教えてもらうかな。

盗賊特有の忍び足で、俺はアーデリアの側へと近づいた。
足音は全く響かない。
『静寂』の呪文様様だな。

ベッドに忍び寄った俺は、そこに寝そべるアーデリアを静かに見下ろした。
鎧とマントは当然外され、部屋の隅に置かれている。
今は草色の衣服だけを身に付けていた。

森の妖精と謳われるエルフ――
その姿を改めて、じっくりと眺める。

無造作に広がった黄金色の髪が、暗闇の中でも美しく輝いている。
エルフ特有の長い耳。
小さな顔。
切れ長の鋭い瞳は今、長い睫毛に覆われ、閉じられていた。
絵画の中から抜け出てきたかのような白い肌。
それとは対照的に、薔薇のように赤い唇。

本当に・・・うっとりするほどの美しさだ。
口さえ開かなきゃ――だがな。

普段アーデリアが吐く悪態を思い出し、俺は沸沸と怒りを燃え上がらせた。
このままこいつに悪戯でもしてやろうか、とさえ思う。

しかしそれでは、今回の計画が台無しだ。
それに・・・計画が成功すれば、ガキのような悪戯なんてくだらなく思える程の「お楽しみ」が、後で待っているんだからな。

小憎らしいアーデリアの奴を自分の支配下におけると考えただけで・・・嬉しくて思わず、この場で小躍りしたくなってくるぜ。
――よし・・・やるか!
意を決し、俺は腰に吊るした袋から『支配の指輪』を取り出すと、 そっとアーデリアの指に近づけた。


取りあえず指先に、リングを触れさせてみる。
一瞬、ピクッと指が震えたので焦ったが、起きる気配はない。

大丈夫・・・大丈夫だ。
自分に言い聞かせながら、俺はさらに指輪を奴の指に近づける。

手元に意識を向けながら・・・
アーデリアの顔を伺い・・・
そっと、奴の右手を持ち上げる。
ひんやりとした肌の感触が、手袋越しに伝わってくるようだ。
その姿勢のまましばらく様子を伺ったが、アーデリアは相変わらず眠ったままだった。

ごくり、と俺は生唾を呑み込む。
・・・形のいい唇が、すぐそこにある・・・・・・
このままキスをした所で、気付かれる心配もないんだよな・・・

・・・・・・・・・・・・
い、いかん、いかん!!
俺は慌てて邪念を振り払った。

こんな事してる場合じゃないだろうっての!
普段の盗賊の仕事と同じだ。
目の前の事だけに、意識を向けろ。

気持ちを切り替え、再び俺はアーデリアの手を持ち上げた。
人差し指に狙いを定め、指輪をそこへと導く。
――起きる気配はない。

爪の辺りまで、指輪を侵入させる。
――起きる気配はない。

さらに深く、指輪を嵌めこむ。
――起きる気配はない。

指輪が、奴の指にすっぽりと収まった。
よーーし、よしよし!成功だ!!
音の消えた室内でガッツポーズを取った俺は、すぐさま身を翻し、扉へと駆け戻った。



「・・・首尾は!?」

扉を開けると、グリムワルドが杖を両手で握り締めたまま、不安そうな顔で待っていた。

「・・・バッチリだぜ!」

俺は自身満々に、親指を立てて見せる。

「でかしたぞ・・・!では次は、ティティスの部屋じゃな」

「よっしゃ!」

首尾よく事を進めた俺たちは、そのまま隣りのティティスの部屋へと移動した。
一度成功した事もあって、今度はかなり手馴れた様子でグリムワルドは『静寂』の魔法を発動させる。
呪文の成功を確認すると、俺もさっきと同じ要領で素早く部屋の中へと身を潜り込ませた。

一般的な宿屋だけあって、アーデリアがいた部屋と全く変わらない間取りだ。
暗闇の中、ティティスの姿はすぐに見つけた。
それもその筈、隣の部屋とは違い窓が開けっ放しになっていた為、差しこむ月明かりで眠れる聖女の姿が暗闇にハッキリと映し出されていたからだ。

無用心な奴だな・・・外から丸見えじゃねえか。
こちらもアーデリアと同じく、スヤスヤと幸せそうに眠ってやがる。
なんとも・・・息を飲まれる光景だ。

彼女もまた、宮廷絵師が描いた絵画から抜け落ちてきたかのような美しさを、全身から漂わせていた。
幻想的なエルフとは違って、こちらはある種「荘厳」とでも言うべきか。
まるで部屋の空気そのものが、清浄な霊気にでも包まれているみてえだ。

それはまさに、生きた名画と言っても過言ではなかった。
題名は「女神のまどろみ」――と言った所か?
(へっ、俺って結構、詩人の素質があるのかもな)

星空がそのまま降りてきたかのように煌き輝く黒髪。
慈愛に満ちたその寝顔は、彼女の信じる愛の神ナナファリアが転生したのかと錯覚させるほどだ。
普段は神官衣に包まれ確認できなかった体のラインが、薄い夜着だけを纏った今は窓から差す月の光によって、ハッキリと確認できる。

ティティスって・・・こんなにスタイルよかったのか・・・!
アーデリアとは対照的だが・・・やはり彼女の美しさもこの世のものとは思えなかった。
妖精とは違い只の人間族であると言う事を考えると、その美しさはまさに神懸りと言っていいだろう。
本当に女神の生まれ変わりなのかもな。

へへへへへ・・・
この穢れなき聖なる乙女の体を・・・後少しで、俺たちの思い通りにする事ができるんだ。
これが興奮せずにいられるだろうか?

思わずこのまま寝こみを襲いたくなるが・・・やるべき事はまだ残っている。
またしても妄想に陥ろうとした自分の心を慌てて静め、俺はとっとと仕事を終わらせる事にした。


袋からもう一つの指輪を取り出す。
アーデリアと違ってプレッシャーを感じない分、気分は楽だな。
眠れる姫の側に跪く王子のような気分でティティスに近づき、その手を持ち上げる。

さあ、お姫様・・・私の選んだ指輪をお受け取りください。
そんな冗談を心の中で呟きながら、指輪をスルリと彼女の指に嵌め込ませた。

よぉし、スムーズにいった!
――となれば、もはやこの部屋に用はない。
指輪が抜け落ちない事を確認し、俺は急いで部屋から脱出した。


「こっちも成功だぜ!」

廊下で待っていた爺さんに、すぐさま吉報を伝える。

「うむ!では早速・・・ワシの部屋に戻って指輪の魔法を発動させるとしよう!」

そう言ってグリムワルドは早足で自分の部屋へと戻っていく。
負けじと俺も、その後に続いた。
さあ・・・宴の開始だぜ!



第V章 飛翔



グリムワルドの部屋――
机の上には、すでに水晶の玉が置かれている。

「よし・・・ではこれより『支配の魔術』を執り行う。ダガー・・・覚悟はいいな?」

「あ、ああ・・・!」

爺さんに念を押され、俺は震える声で頷いた。
指先までが震えてくるのを、もう片方の手で必死に押さえる。

いよいよ・・・
いよいよだ!
心臓が破裂しそうなほどに高鳴ってやがる。

・・・・・・無理もないだろう。
何しろ俺は、
俺たちは、
これから『女の体』に入り込むんだからな。

「もう一度確認しておくぞ・・・ワシはティティスに――そしてお前はアーデリアの肉体に乗り移る――これでいいんじゃな?」

「ああ。あの高慢ちきなエルフ女にたっぷり仕返しをしてやるんだって言ったろう?この選択に異存はないぜ。とっとと始めてくれってんだ」

「うむ・・・では水晶に手をかざし、アーデリアの姿を思い浮かべるんじゃ。強く・・・強くな」

グリムワルドは手本を見せるように右手を前に持ち上げると、水晶玉に掌を乗せた。
そしてゆっくりと目を瞑る。

俺もそれに習い、自分の右手を水晶玉に差し出した。
ひんやりした冷たい感触が、掌から感じ取れる。
しかし次の瞬間、何か『力』のようなものがビリビリと手から腕、体へと伝わってきた。

やはり・・・只の水晶玉じゃない。
『支配』の魔法の波動が全身を包み込んでいるのか?

俺は目を瞑り、視界を暗闇に閉ざした。
そしてアーデリアの姿をそこに浮かび上がらせる。

心の中のアーデリアは腕を組み、心底馬鹿にしたような目つきで俺を見下ろしていた。
鋭い刃物のような瞳、
ツンと尖った長い耳、
真一文字に結ばれた小さな唇、
奴の気高さの結晶とでも言うべき黄金色の髪の毛、
抱けば折れそうな華奢な体・・・・・・

神の創り出した究極の美――
永遠の命を約束された精霊使い――
エルフの女戦士・・・アーデリア。

・・・・・・これが・・・この体が、俺のものに・・・!
なにもかも・・・
なにもかもが俺の、 俺の、
俺のものになるんだ・・・・・・!


「ぐ、ぐふ・・・ぐふふふふふ・・・!」

知らず知らずのうちに、俺は水晶玉に手をかざしたまま忍び笑いを漏らしていた。

「どうやらうまく思い浮かべたようじゃのう・・・?では、いよいよ精神を肉体から切り離すぞ?」

目を瞑っているので表情は分からないが、グリムワルドが隣りから声をかけてきた。
今頃奴も、ティティスの艶姿でも思い浮かべているんだろう。

「ああ、いいぜ・・・早くやってくれ・・・!」

「うむ・・・次に目覚めた時――お前はアーデリアの部屋で、アーデリアとして目覚めている筈じゃ・・・これから体感する全て・・・よぉっく目に焼き付けておくのじゃぞ?ワシとお前さん、二人だけの未知の体験が今より始まるのじゃ。新たな世界で再会するとしようぞ・・・!」

そう言った後、爺さんは俺には理解できない言葉を、その口から紡ぎだした。
呪文の詠唱だ。
固唾を飲んで、俺は魔術の成功を祈る。

――すると、手から伝わってくる魔力の波動が益々激しくなってきやがった。
な・・・なんだ・・・・・・?
瞳の奥で、いくつもの光が爆発したかのように明滅を繰り返し始めた。
今にもぶっ倒れそうな感覚だ。

だ、大丈夫なのか・・・?
失敗しねえだろうな・・・!?

――その時、突然ふわりと宙に浮かび上がるような錯覚に陥ったんだ。
お、おいおい・・・!?
パニクり、爺さんに声をかけようとした次の瞬間――
俺の意識は、急速に闇に呑み込まれていった。



第W章 目覚め



「おい、ダガー・・・・ダガー!」


何処かから――誰かに呼ばれる声がする。
俺は、意識を取り戻した。


「う、ううん・・・・・・?」

断続的に起こる頭痛に眉を顰めながら、瞼をゆっくりと開ける。
まず目に飛び込んできたのは・・・・・・天井だった。
体の後ろには、柔らかい感触がある。
ベッドの感触・・・か?
どうやらベッドの上に寝そべっているらしい。

って、何時の間に?
何でこんな所に寝てるんだよ、俺は・・・?

「――やれやれ、ようやく目が覚めたようじゃのう」

その時、すぐ側から誰かの声が聞こえてきた。
ぼーっとしたまま声のする方を振り向いた俺は・・・そのまま表情を凍りつかせた。
そこにいたのが・・・なんと、ティティスだったからだ!

ベッドの横に立ち、ティティスはニヤニヤとした顔でこっちを見下ろしてやがる。
しかも彼女は・・・驚く事に夜着姿のままだったのだ。
普段は拝む事の出来ない彼女の胸元や太ももが、目に飛び込んでくる。
俺は暫し、その光景に見惚れたまま、呆然となっていた。


「何を呆けた顔をしておる・・・ワシじゃよ、グリムワルドじゃ!」

と、ティティスはまるで老女のような喋り方で、イキナリ信じられない事を言ってきやがったんだ。
――ティティスがグリムワルド?
何を言ってるんだこいつは・・・

「おいおい・・・本当に呆けているようじゃのう・・・ほれ、自分の顔をよく確認してみい」

こっちの様子に呆れながら、ティティスは俺の頭を掴んで強引に後ろを振り向かせた。
後ろには、窓。
星明りに照らされ、部屋の様子が映し出されている。
ニヤニヤ笑うティティスの姿も、こっちをポカンとした顔で見詰めるアーデリアの姿も。

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・何!?

ここにいるのは、ティティスと俺・・・
二人だけだ。
なのに窓に映っているのは・・・・・・!


――右手を上げてみる。
鏡に映るアーデリアも、俺と全く同じ動きで左腕を上げた。

――自分の顔を両手で触る。
アーデリアもやはり、 同じポーズを取っている。

――頬を指で引っ張り、横に伸ばす。
窓の中のアーデリアも、両手で頬を伸ばして蛙のような間抜けな顔を晒している。


俺の動きが、アーデリアの動きに・・・・・・
俺の思うとおりに、窓に映るアーデリアが動いている・・・・・・
それらを目の当たりにした時、俺はようやく自分がどうなったのか・・・己の身に起こった事態に気付いた。

ゆっくりと、自分の手を確認してみる。
そこには――俺が先ほどアーデリアの指に嵌めてやった筈の、『支配の指輪』が輝いていたのだ。
指輪に埋め込まれた赤い宝石が、まるで血の様に赤々と煌いている。
指輪をじっと見詰めながら、俺は嬉しさのあまり、ニンマリと笑みを零した。

へ、へへへへへ・・・!
つまり――
つまり俺は、アーデリアの体に乗り移ったと言う事か・・・・・・・・・!!

「スゲエ!本当に他人の体を乗っ取るなんて・・・!マヂだったんだな、この指輪の力は!」

ぴょんとベッドから飛び降り、俺はティティスを――いや、ティティスに乗り移ったグリムワルドを見返した。

「だから言ったじゃろう?この指輪の素晴らしさを・・・!見ろ、今やティティスの体はワシの思うが侭じゃて♪」

そう言ってティティス、いやグリムワルドはうっとりとした表情で、自分の白い頬を手でなぞった。
普段の彼女からは考えられないその表情に、俺は激しい興奮を覚える。

他人の肉体を支配する――その凄さが今になってようやく理解できた。
もはやこの体で、何をするのも自由なのだ。
このアーデリアの・・・アーデリアの体であろうとも・・・・・・!

あらためて自分自身の体を見下ろす。
草色の衣服に包まれた、エルフの華奢な体・・・
しかしそれも、アーデリア自身の目で見下ろすと、普段の印象とはガラリと変わって見えるから不思議だ。

自分の胸にある膨らみ・・・
視界の片隅でチラチラと揺れる、黄金色の髪の毛・・・
ほっそりとした小枝のような手足・・・

――自分の体である筈なのに、まるで現実感がない。
分かるだろうか?
この、何とも言えない違和感が。


「・・・と、ところで・・・アーデリアたちの意識はどうなってるんだ?」

目の前に広がる夢みたいな光景に動悸を激しくしながら、それをごまかす様に俺は頭に過った疑問を口にした。

「心配ない。ワシらの精神が入り込んだお陰で、やっこさんたちの意識は封じ込められ、眠った状態におる。この体で何をしたところで、連中に気付かれる恐れはないわい。『眠りの粉』も、後から入り込んだワシらの意識には効果が及ばぬようだしのう。少し体に痺れがあったが、それもすでに解毒してある・・・ワシらが思うままに、こやつらの肉体は存分に動いてくれようぞ!」

不安げな俺をよそに、グリムワルドはティティスとなった自分の黒髪を持ち上げ、長く伸びた髪を自慢するかのように掻き上げて見せた。
(ややこしいので、これ以降はティティスに乗り移った爺さんの事をティティス(=グリムワルド)と呼ぶ事にする)


細かいカラクリは魔術師でもねえ俺にはさっぱり理解できねえが・・・
どうやら、後でアーデリアたちに気付かれる心配はないらしい。
まさに、俺たちにとっては都合のいい状況ってワケだ。

へへっ・・・!
ゆっくりと体が――興奮してきた。
爺さんなんて、今にも爆発しそうだぜ。

夜の静謐は人の心に安らぎをもたらせると言うが・・・・
俺たちの心は益々猛々しく、荒々しく、燃え盛るように熱く、加速していった。



第X章 月下の晩餐



「では・・・そろそろ始めるとするかのう?」

「あ?始めるって・・・何を?」

「決まっておるじゃろう・・・!ワシら男にとってはおなごの体と言うのは未知の領域・・・それを今から、とっくりと研究するんじゃよ!」

そう言って夜着の胸元を引っ張り、胸の谷間を見せつけるティティス(=グリムワルド)。
体の研究・・・だと・・・!?

「な、何をする気だよ爺さん?」

「何をする?本当に鈍い奴じゃのう・・・!こう言う事をするに決まっておるじゃろうがッ!」

叫ぶと、爺さんはティティスのそのふくよかな胸を、強引に下から掬い上げやがったんだ!

「おおおおおおっ!?」

瞬間――爺さんの、いやティティスの口から魂を吐き出すかのような絶叫が迸った。
(そう言えば、『静寂』の魔法もすでに効果時間が切れたのか)

一度大きく目を見開き、続いてゆっくりとした動作で、視線を胸元へと下ろしていく。
眼窩に広がる二つの果実――
それを視界に捉え、まじまじと見下ろした後、ティティス(=グリムワルド)は・・・

「な、な〜〜〜んと柔らかいンじゃああああああああっ!?」

と、満面の笑みを浮かべながら奇声を上げ、胸に添えた両手を激しく動かした。

「この感触!この手触り!この肌触り!これがおなごの乳房か!?いや、今は『ワシ』の乳房でもある訳じゃな!素晴らしい!!素晴らしすぎるッ!!」

大声で捲くし立てながら、ティティス(=グリムワルド)はとろんとした目付きで、乳房を掬い上げる手触りを、掬い上げられる乳房の感触を楽しんでいる。
恍惚に歪む聖女の顔。
闇の中でブルブルと震る、白い乳房。

俺は・・・その光景に息を呑むしかなかった。
敬虔なる神の神子である筈のティティスが・・・今、目の前で己が胸を揉みしだき、盛りのついた犬のように喘いでいるのだ。
有り得ない光景。
しかし・・・これは夢や幻ではない。
現実なのだ。

中身が違うと言うだけで、見た目には昨日までのティティスとは何ら変わりないと言うのに。
しかしもはや、目の前にいるのは慈愛を振りまくナナファリア教の神官ではなく・・・色に狂い、貪欲に快楽を貪り食おうとする娼婦も同然だった。

意識を老獪な魔術師に乗っ取られた聖女。
神に身も心も捧げ、その教えにのみ生きる神子でさえも、こうも簡単に他者の支配下に貶める事が出きるなんて・・・
やはり――支配の指輪の魔力って奴は、とんでもねえぜ・・・・・・!


「ククククク・・・信じられんわい。ワシが淫らな言葉を口にしただけで顔を顰めていたあのティティス嬢ちゃんが、今やワシの手から生み出される快感の虜となっているではないか・・・!聞こえるか?この艶やかな声。見えるか?この淫靡な姿。最高じゃ!最高すぎるわいっ!ああああんっ」

爺さんは、夜着の胸元から直接中に手を忍ばせ、乳房を更にイヤらしく揉みしだいている。
自分の喉から発せられる色っぽい喘ぎ声に、酔いしれているようだ。

・・・無理もないよな。
ティティスのこんな声を聞く事なんて、この状況以外では絶対有り得ないんだからな。
密かに想いを寄せ合っているらしいバァンの奴だって、それは同じだろう。

「ムヒヒヒヒ♪さあ、胸の次は尻じゃ、尻じゃ♪ワシは娘ッ子の尻が大好きでのう・・・前からこやつの尻はいい形をしておると思っていたのじゃよ。ど〜れ・・・?」

体を捻り、魅惑的なラインを見せるその腰つきを見下ろしながら、ティティス(=グリムワルド)は邪悪な笑みを浮かべたまま、片方の手でそっと自らの尻を撫でた。

「うぅん!?思った通り・・・素晴らしい感触じゃ!」

掌を上下に動かし、撫で摩る尻の感触を楽しむ爺さん。
もう片方の手も添え、両手で円を描くように撫で回す。

「この肉厚!この緩急!そしていくら触った所で当のティティスは只されるがまま・・・・ああ!なんと言う幸せ!!長生きはするもんじゃのう・・・」

自分の尻を撫で回しながら咽び泣くティティス。
滑稽な姿だが・・・・・・撫でる手の動きに合わせ、尻の割目に食い込む 夜着が妙にイヤらしく見える。
今のティティスは・・・聖女と言うよりは夜魔とでも呼んだ方が相応しかった。
『堕ちた女神』――そんな言葉が、頭を過る。

「ハア、ハア、ハア・・・・・・ほれ・・・いつまでもお前も見物しとらんで、その肉体の味見をせんか!この快感・・・病み付きになるぞ!?」

「あ・・・ああ・・・・・・・・・」

艶かしく流し目を送ってくる聖女の姿をした爺さんの言葉に、俺はなんとか・・・震える声で応える事ができた。
呼吸が荒い。
体の内から、何かが沸きあがってくるみてえだ。

なんだ・・・・・・?
俺は――興奮していた。
そりゃそうだ。
ティティスのこんな姿を見せられて・・・男だったら興奮しない方がどうかしている。

だが・・・妙だ。
とびきりの女を前に、今にも襲いかかろうとしても、おかしくないってのに。
なのに肉体から湧き上がる興奮の色は、いつもとは明らかに違う。

なんだ・・・!?
この感覚――
いつもとは、違う自分・・・?

・・・・・・そうだ。
いつもとは、明らかに違う。

いつもなら、
性欲に支配されたこの状況なら、俺の一物が今にも爆発寸前になっている筈だ。
だが・・・今、股間から突き上げてくるような、あの感覚はまったく感じられなかった。

何故なら、今の俺は『男』じゃないからだ。
心は『男』だが・・・その肉体は『女』。
それも永遠と契りを交わした妖精――『エルフ』なんだ。

エルフであるこのカラダ。
女であるこの体。
その全身が・・・火照ってやがる。

股間の一点から突き上げてくるあの感覚はないが・・・
変わりに、 股がパックリと裂けたような妙な感覚。
そしてそこから、じんわりと熱いものが広がっていくような・・・・・・

まさかこれが・・・・・・
アーデリアの、
女の感覚なのか・・・・・・!?

「ぬふふふふ。お前さんの方も、すっかり出来上がっておるようじゃのう・・・?その顔、ヤりたくてヤりたくて仕方がないと言っとるみたいじゃぞ?」

混乱する俺の様子を眺めながら、ティティス(=グリムワルド)は愉快そうに目を細めた。
――そう。
目の前の聖女の狂おしい姿に興奮した俺の意識に同調し、アーデリアの肉体も欲情していたんだ。

信じられねえ・・・・・・・!
日頃俺たち人間を見下し、「汚い」「臭い」「野蛮だ」「下品だ」と蔑んでいた、あの高貴なエルフ様である筈のアーデリアが、今や発情した雌犬のようになっているなんてな・・・!

本来の奴がこんな状況を目の当たりにしたとしたら、すぐさま目を背けるか、ティティスの愚行を止めようとするだろう。
だがしかし。
今、その光景を見詰めるアーデリアは、間違いなく目の前の(見た目には)自慰に耽るティティスの姿に、性欲を漲らせているのだ。
意識の主導権を握っているのが奴から俺に変わったと言うだけで・・・このエルフの体は、興奮の喜びを声なき声で発し続けている。

へへへ・・・この事をアーデリア自身が知ったら、どんな顔をするだろう?
今やお前の感情は、すべて俺の思い通りだ。
あのティティスと同じ行為を、こいつにさせる事だって造作もねえんだよな?

くく・・・
くくく・・・
くっくっくっく・・・

「くっくっくっくっくっく・・・・・・!」

――あまりの楽しさに、声が勝手に喉から漏れる。
肩を震わせ、俺はアーデリアの声を使って含み笑いを漏らしていた。


さあ・・・時は来た。
後悔しても、もう遅え。
謝るんなら、俺が『支配の指輪』をこの指に嵌める前に謝っとくんだったな・・・?
うひひひひひひひ!

今こそ・・・今こそ日頃の恨み、たっぷりと晴らさせてもらおうじゃねえか・・・・・・・?
俺の中で、黒い感情が膨れあがっていく。

自然と俺の手は――アーデリアの胸に添えられていた。
ティティスとは違い、豊満とは言い難い乳房だ。
エルフってのは揃って華奢な体格の持ち主らしいから、まあ、仕方ねえがな。

だが、それは間違いなく女の乳房。
この膨らみは・・・アーデリアの膨らみだ。

零れ落ちる雫全てを掬うように・・・掌で包み込む。
まるで小振りな木の実だな。
しかし持ち上げるように揉んでみると、木の実では有り得ない柔らかさが、埋まる指の間から伝わってくる。

「ん・・・・・・っ」

胸から沸き上がる奇妙な感覚に、たまらず、口から勝手に声が漏れた。
俺自身が発した声だが・・・まるで俺の愛撫にアーデリアの奴が反応しているようで、なんとも妙な気分だ。

揉めば揉むほど・・・頭の中が真っ白になっていく。
手の中では、乳房が様々に形を変えている。

へ・・・っ、爺さんが大騒ぎするのも無理はねえな。
今まで腐るほど女を抱いてきたが・・・己が胸にある乳房を揉んだ事など、今日がはじめての事。
アーデリアのこの小さな胸でも、男の身では考えられねえ気持ちよさを体感できるんだ。
すっかりご無沙汰のグリムワルドには、ましてやあの、手から零れ落ちんばかりのティティスの巨乳が相手じゃあ・・・その気持ちよさは、俺の何倍も上だろうさ。

掌の奥で、アーデリアの心の臓がとくとくと脈打っている。
ふふ・・・胸を揉まれ、興奮しているのか?

いつも俺を小馬鹿にしていたあのアーデリアが・・・俺に胸を揉まれ、身悶えている。
へへっ、まったく嘘みてえだ。
高慢ちきで、鼻持ちならねえ、あのアーデリアが・・・だぜ?

ふと思い、先ほどのように窓の方を振り返る。
月の光に照らされ、アーデリアの姿がうっすらと、そこには映っていた。
胸を揉み、頬を赤らめさせた、その姿が。

「ふん・・・なんか文句でもあるのか?」

俺は胸を揉みながら、窓の向こうのアーデリアに向かって、そう呟いた。
相手が言い返せない状態だと分かっているから、ここぞとばかりに罵声を浴びせてやる。

「ど〜したい?いつもみてぇに言い返してみろよ・・・」

鋭く突き刺すような切れ長の瞳が、窓の向こうからこっちを睨み返している。
俺が向けている視線、そのままに。

・・・・・・この目付き・・・・・・
この目付きだ。
いつもいつも、この俺に向けていやがった、奴の目付きだ。

まるでゴブリンやコボルトを見るような目付き・・・
明らかにその瞳の奥には、 侮蔑の色が込められている。

思わず怒りが込み上げてくるが・・・
今の俺は、奴のこの氷のように冷たい顔を、たちまち慈悲を乞う哀れな捨て猫のように泣き叫ばせる事だって造作もねえんだよな?

くくく・・・ざまあねえなぁ、アーデリアさんよ?
ほれほれ、お前さんが嫌がるような事、なんでもやってやろうじゃねえの・・・・・・
何が嫌なんだ・・・?言ってみろよ。

このまま下の酒場に下りていって、管を巻いてる酔っ払いどもの前でストリップでも披露してみるか?
それとも、お前さんの大嫌いなドワーフの前に土下座をして、そいつの靴の裏でも嘗めてやろうか?
泣いて叫ぶんなら許してやってもいいぜ・・・・・・?
あ、今のアンタは自分が何をされているのか、まったく分からねえんだったよな!?
うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!

俺の心の内を象徴するかのように、アーデリアの顔が邪悪に歪む。
元が美しい顔だからか、かなりの迫力だぜ。
これじゃあまるで、ダークエルフだ。

アーデリアの顔で、こんな表情が出来るなんてねぇ・・・・・・
中身が変わるだけで、人の(正確にはエルフだが)顔って奴はこうも変わっちまえるものなのか?
今まで一度として作った事がない筈の表情を、 奴は当たり前のように浮かべてやがる。
大体、こうして自分を慰めるなんて事が、あのアーデリアに限って有り得るのかねぇ?

・・・しかし今、高貴なエルフ様は嬉々として、己の肉体から沸き上がる快楽を享受している。
俺の、思い通りに。
俺の、思うが侭に。

――胸を揉む指に嵌められた支配の指輪が、再び妖しく光った。
支配の指輪。
支配。
支配。
相手を支配。

ははは・・・っ、傑作だぜ、本当に!
一度支配の指輪に口付けをした後、目の前のアーデリアに見せつけるようにして、奴の乳房を持ち上げ、何度も何度もこねくり回してやる。


「おうおう・・・そっちもすっかり楽しんでいるようじゃのう・・・?どうじゃ、女の体は・・・たまらんじゃろう?病み付きになるじゃろう?」

その時、すっかり自分の体を嬲る事に夢中でその存在を忘れていたティティス(=グリムワルド)が、背後から声をかけてきた。

「ああ・・・まったく――」

奴の言葉に答えようと、振り返る。

「!?」

が、相手の姿を視界に捉えた瞬間、俺はバジリスクの視線を浴びて石化した不運な犠牲者のように、絶句した顔のまま、その場に立ち尽くしてしまった。
何かを言おうとするが、言葉が口から出てこない。
見開いた目は、目の前の女の姿を捉えたまま、微動だにする事さえも叶わなかった。

そう――
ティティスの、
身に付けていた夜着を脱ぎ捨てた、
一糸纏わぬその姿を。



第Y章 女神降臨



「・・・・・・ぉ・・・ぁ・・・!?」


喉から声にならない声が、ひゅうひゅうと吐き出される。
俺は、呼吸する事も忘れていた。
それほどに――闇の中、佇むティティスの姿は美しかったのだ。

白い裸体が、闇に冴える。
優しく伸び広がる黒髪。
聳え立つ双丘。
括れた腰。

見る者の邪な気持ちを消し飛ばすほどに、彼女の姿は神聖な霊気を漂わせている。
それはまるで、ナナファリアの神殿に佇む女神像のようだ。

煌く髪の黒。
神々しいまでの肌の白。
そして――辺りを包む夜の黒。

種類の違う闇色に挟まれ浮かび上がる白い裸体の美しさは、凄絶ですらあった。
俺は、先ほどまでのアーデリアに対する卑屈な思いも忘れ、只――呆然とこの光景に見惚れていた。


「ムヒヒヒヒ・・・見てみい、この張りのある肌を。これで生娘と言うんじゃからな・・・・信じられんわい、まったく」

しかしそのティティスの口から、全てをぶち壊すような野卑な言葉が吐き出されたので、思わず俺はこけそうになった。
(まさにこれこそ、神への冒涜だろう)

「お、おいおい爺さん・・・その格好でその喋り方はなんつーか・・・酷く、ギャップがあるぞ」

「仕方なかろう。見た目はティティス嬢ちゃんでも、中身はこのワシなんじゃぞ?」

「それはそうだけどよぉ・・・」

「お前さんだって、見た目にはエルフ娘が品のない喋り方をしとるようにしか見えんわい!」

「いや、見た目と中身のギャップが酷えのはそっちの方だっての。今のお前の姿・・・ティティスんとこの司祭が見たら卒倒するぜ?」

「えぇい煩い奴じゃのう・・・!だったら――うっふん♪こう言う話し方なら、いいのかしらん?」

俺の言葉に、ティティス(=グリムワルド)はイキナリ女言葉を繰り出しながら腰に手を当て、胸を張るようなポーズを取った。
ニッコリと微笑むその顔は、確かにいつものティティスだ。
が・・・何しろ全裸なので、そんな姿で堂々とされては、逆に目のやり場に困るってもんだぜ。

使う女言葉も、声は同じなのに喋り方がまるでぎこちなく、酷く滑稽に聞こえた。
普段はティティス自身が当たり前に使っているんだろうに・・・変な話だぜ、本当に。

「さあ、くだらん話はここまでじゃ。ダガー、一人で遊ぶのはその辺で止めておけ・・・折角ワシら二人がおるんじゃ、そろそろこのシチュエーションを楽しもうではないか?」

ティティス(=グリムワルド)はおどけたポーズをやめると、剥き出しになった股間を隠す事もなく、ガニ股でのしのしと歩きながら、俺の方に近づいてきた。

「あ〜?今度は何だよ・・・まさか女同士でヤろうとか言い出すんじゃねえだろうな?」

「ほ!お前さんもようやく鋭くなってきたではないか・・・アーデリアの体に入りこんだ影響か?ならば・・・・・・話は早い!!」

ティティス(=グリムワルド)は舌嘗めずりしながら、ワーウルフのように俊敏な動きで俺の体を強引に、ベッドの上に押し倒しやがった。

「お、おいおい・・・マヂでヤる気かよ!?」

「無論!このような機会、今を逃せば二度とないかもしれんのじゃぞ?ならば、今持つ肉体を最大限に楽しむ事こそ、我らの本懐であろうて!?」

言うや、爺さんは俺の着ていた衣服に手を伸ばす。
こちらも裸に引ん剥こうってのか?
けど、まぁ確かに――悪くはねえな。

「へっ、分ぁったよ。ったく煩悩の塊だな・・・このクソジジイめ」

「お前に言われたくはないわい」

「へへっ・・・けど、まさかティティスとこうして、しとねを共にするなんてよぉ・・・夢にも思わなかったぜ。バァンの奴がここにいたら、どんな顔をするのかねぇ?むけけけけけ♪」

意地悪く笑いながら、俺は女王にでもなったような気分で陶然と寝そべり、自分の衣服や下着をティティスに脱がさせた。
エルフであるアーデリアの肉体が、生まれたままの姿になっていく。
たちまち小振りな乳房が、恥毛に覆われた秘所が、露になる。

・・・なんだか、くすぐってぇな。
途端に自分が、小さな存在に思えてきた。
小柄なエルフだからそれも当然なんだろうが・・・こうして他人の手で裸にされると言うのは、何と言うか・・・ひどく心細いと言うか。
自分を守る殻が、次々と剥ぎ取られていくような感覚。
かつて味わった事のない不安感に、俺は心の中で周章していた。

それは、俺が男だから――なのかもしれない。
女たちはこんな感覚に身を浸しながら、俺達に抱かれていたのか・・・?

高まる鼓動――
女の体。
女同士。

この未知の体験に、無意識に俺の中の男としての性が興奮しているのか。
はたまた、本来ならば有り得ない行為に、アーデリアの肉体が拒絶反応を起こしているのかもしれない。

「フ・・・夢のように思うておるのは、ワシも同じよ。よもや、この歳でエルフ娘を抱けるとはのう・・・ああ、思えば最後におなごを抱いたのはいつじゃったか?しかも、すっかり使いものにならんワシ自身の体とは違って・・・見ろ!この腰の動き♪」

ティティス(=グリムワルド)は両手で髪を掻き揚げながら、くねくねと腰を左右に動かした。
聖女様がまるで娼婦のような行為を・・・ううん、卑猥だぜ。

「へっ、いいねぇその姿・・・実にそそるぜ!」

俺はティティスの腰に手をあてがい、俺の体の上に跨がらせた。

「うふふふふ・・・さあ、二人でたっぷりと楽しみましょう♪」

再び爺さんが、女言葉で俺を誘惑をする。
――蠱惑的な笑みを浮かべるティティス。
先程までの聖母のような雰囲気はどこへやら、娼婦の真似事をしたと思ったら、たちまち今度は小悪魔のような妖しさを、その全身から醸し出している。
僅かの間に、目まぐるしく変化するその本性。
これが・・・女の魔性って奴なのか・・・・・・・?

ティティスの顔を呆然と見上げていると、彼女のその顔が、どんどん俺に近づいてきた。
彼女の長い睫毛に彩られた優しい目が、
ふっくらとした柔らかそうな唇が、
俺の目の前に近づいてくる。

声を上げる間もなく――
彼女の口が、俺の口を塞いだ。

「―――っ!?」

たちまち口内に、甘い味が広がる。
柔らかい感触。
唇の感触。
柔らかい唇の感触。
ティティスの唇の――感触。
それはどんな果実よりも甘く、一度味わっただけでたちどころに相手を虜にする・・・そんな魔力を秘めていた。

いやしかし。
そんな事よりも何よりも。

お、俺・・・・・・
ティティスと、
キスしてる・・・!?

中身は爺さんだと分かってはいるが、唇に触れる柔らかい感触も、鼻腔をくすぐる甘い香りも、ティティス自身のものに変わりはない。
ティティスの肉体と、手練手管に長けたグリムワルドの戯とが合わさり、目の前の聖女の口付けは、今までのどの女のそれよりも気持ちよかった。

蕩けるようなこの感覚。
彼女の長い舌が、獰猛に俺の舌に食らいつく。
ぴちゃぴちゃとイヤらしい音を立てながら、ティティスと、そしてアーデリアの舌が、闇の中で絡み合った。
な、なんて気持ちいいんだ・・・・・・!

「・・・・・・ふぁ・・・っ」

俺の、アーデリアの口から、自然と吐息が漏れる。

「ふふ・・・可愛いのぉ。その顔を見ているだけでは、とても中に薄汚い盗賊が入りこんでいるとは思えんわい」

一度口を離し、ティティス(=グリムワルド)は鋭く目を細めながら、妖艶に舌嘗めずりをした。
唾液で濡れたその唇をヌラヌラと光らせながら、再び俺の顔に近づくと、今度は耳に舌を這わせてくる。

「ひゃっ!」

瞬間、俺の全身に『電撃』の魔法を叩きつけられたかのような衝撃が迸った。
な、なんだ・・・・・・!?
耳と言う一点から全身に、かつて味わった事のない高揚感が――快感が、一瞬で駆け巡る。

「おほっ!感じたのか?やはりエルフと言うのはここが気持ちいいんかの?」

顔を綻ばせながら、ティティス(=グリムワルド)は更に耳を噛んできた。

「あ・・・っ!あっ、はぁっ!」

俺はその衝撃に、只身を悶えさせるしかなかった。
長い耳から広がる痺れる感覚。
たちまち足腰がふらふらになり、意識が朦朧となる。

「耳が勃ってきたぞ・・・?ムフフ、快感に耐えるアーデリアの表情・・・実に色っぽいの〜♪」

耳の溝を指でなぞりつつ、爺さんはもう片方の手で俺の乳房を鷲掴みにした。

「ひゃ・・・っ!?」

爪の先が、中心の乳首を弄ぶ。
肌越しに伝わる彼女の手の冷たさとは裏腹に、そこから生まれるのはドラゴンの火よりも熱い感覚。

「フフフフフ。やはり乳は、他人に揉まれた方が気持ちよかろうて・・・?」

――確かに。
耳と胸から伝わってくる気持ちよさは、もはや言葉では言い表せられない。
股間では、さっきから女の象徴が雄叫びを上げそうになってやがる。
まさに女の気持ちよさと言うのは、俺の想像以上の代物だった。

太ももの辺りがヌラヌラと湿り、酷く座り心地が悪い。
アーデリアの肉体が、沸きあがる快感に喘いでいる証拠だ・・・!

「あっ・・・はぁ・・・っん」

俺は弛緩した顔で、口を大きく開けて嬌声を上げた。
爺さん側からは、さぞや間抜けな表情を晒すアーデリアの顔が見えている事だろう。
口の端から、ダラリとヨダレが垂れてきた。

「ハア・・・ハア・・・たまらねぇ・・・気が狂いそうだぜ・・・・・・・!」

「すっかり女の快楽の虜となっているようじゃのう?しかしお前さんばかり楽しんで、まるでワシが奉仕しとるみたいではないか!?『二人』で楽しもうと言ったじゃろう?受けるばかりでなく、お前も攻めてこんか!」

「あ、ああ・・・分かってるよ・・・・・・!」

暴れまわる体の叫びをなんとか押さえつけ、俺は姿勢を正した。
このままじゃあ――確かに、俺らしくはねぇ。
こうして爺さんの愛撫をただ受けてるだけじゃ、本当に芯まで女になっちまったみてえだからな。
女の身で女と享楽に耽る――狂気と背徳の世界を、俺自身も堪能しなくては。

「この凄まじい感覚・・・アンタにもたっぷりと味わわせてやるぜ・・・!」

俺はニヤリと笑い、ティティス(=グリムワルド)の乳房を乱暴に掴むと、ビンビンに勃起した乳首をネットリと口に含んだ。

「んおう・・・っ!?」

ティティス(=グリムワルド)は素っ頓狂な声を上げながら、体を弓なりに仰け反らせた。
ふふふ・・・さぞや気持ちいいだろう?
女の体に身をやつした今、女がどう揉まれれば感じるのか・・・これまで以上に、手に取るように分かるからな。

しかしティティスの乳房のこの感触――
歯と舌に当たる、乳首のコリコリとした硬さ。
木目細やかな肌の手触り。
そして、何よりもこの重量感。
どんなお宝よりも価値のあるものが目の前に、俺の手の中にあった。

「ふお・・・うっ・・・!たまらん・・・!なんと気持ちええんじゃ・・・!!吸ってくれ!もっと吸ってくれぃ!!」

爺さんは――聖女は目を瞑りながら全身を震わせ、俺の頭を両手で抱えて更に乳房に押し付けさせた。
そんな彼女の様子をニヤニヤと下から見上げながら、俺は隣りの乳房をイヤらしく揉みしだいてやる。

「んや・・・っ!」

伝播する快感の波に必死に耐えるように、苦悶の表情を浮かべるティティス。
実に――綺麗だ。
清楚で厳格な愛の神の御使いが、肉体が発する欲望に取り憑かれ、狂おしい姿を晒している。

ナナファリアの語る愛のかたちとは、男と女が創る健全なものの筈だ。
だがしかし、今その教えに従う筈の神官は、エルフの女とこうしてベッドの上で獣の様に絡み合っていた。
しかもそこには愛はなく、ただ貪るだけの肉欲しかない。

教義に反し、禁忌の愛に触れていると言うのに、ティティスのあの嬉しそうな顔はどうだろう?
彼女本人が知れば、自害してもおかしくはないぜ、まったく・・・

「ハア・・・ハア・・・ハハ、ハハハ・・・素晴らしい・・・!ティティスの奴がこんなにも気持ちええ体をもっておったとはのう・・・!しかしそれをまったく使おうとせんのだから、つくづく神官と言うのは難儀な職業じゃわい」

ティティス(=グリムワルド)は、顎から腰までのラインを自分の手でつるりと撫で回した。
見ると、彼女の股間はすでにぐっしょりと濡れ、イヤらしい液が太ももを伝い、ベッドのシーツを汚している。
その姿に、俺の体も益々興奮してきたようで、アソコに手を伸ばしてみるとネットリとしたものが指に粘りついた。

「おうおう、人間もエルフも、性的興奮を覚えると反応する部分は変わらんのじゃのう?ククク・・・」

息を荒げる俺の様子に、ティティス(=グリムワルド)は艶かしい視線を向けながら、身を屈ませてこっちの秘所に指を這わせてきた。
すでに異物を入れる準備は出来ていたので、汁を溢れさせるアーデリアの割れ目は、彼女の指を易々とその中へ侵入させた。
ヌプリ、と言う音と共に、鋭い衝撃が股間を突き上げてくる。

「くはっ!」

先程、耳を嘗められた時よりも更に凄まじい快感。
全身がバラバラになったみてえだ。

ティティス(=グリムワルド)は忍ばせた指を出し入れし、クチュクチュと言うイヤらしい音を室内に響かせた。
それでもまだ飽き足らないらしく、片方の手では自分の乳房を弄んでいる。

俺は股を大きく開き、彼女の指を奥深くまで食い込ませた。
そしてお返しに、俺も彼女のアソコに指を突っ込んでやる。

「おう・・・っ!?」

ティティス(=グリムワルド)は再び顎を仰け反らせ、身を捩ってよがり声を上げた。
俺たちは向かい合い、互いの秘所を愛撫する。

「はう・・・っ・・・・く・・・っ、おなごどもの気持ちよさは無尽蔵なのか?後から後から沸きあがってくる・・・まるで大地から溢れ出るマナのようじゃわい!」

「まったく・・・男の身でこんな感覚を体験できるなんてよぉ・・・『支配の指輪』様々だぜ、本当に」

二人の美女を凌辱する、彼女たち自身の指に赤く光る指輪。
今やその指輪も、二人の垂れ流す愛液に塗れ、淫靡な輝きを灯していた。

見れば、目の前の女の瞳も、その宝石のように赤々と燃え盛っている。
それはまるで――獲物を狙う魔獣の瞳だ。
髪を振り乱し、獣のような唸り声を上げる姿は、普段のティティスからはとても考えられない、野卑で粗暴なものだ。
だがしかし、そんな彼女の姿が、今の俺にはたまらなく美しく思えた。

「へへ・・・綺麗だぜ、ティティスちゃん・・・?」

「うふふっ、お前さんもな・・・アーデリア?」

ティティス(=グリムワルド)は俺の指の動きに合わせて腰を回しながら、上半身を前に倒し、汗に濡れた豊満な乳房を俺の緩やかな乳房に押しつけてきた。
更に秘所を弄りながら、もう片方の腕で俺の体を抱き締め、胸と胸とを圧迫してくる。

「んあ・・・っ!」

乳首と乳首が擦れ合い、乳房の肉と肉とが 押しつぶされ、何とも言えない甘い波動がゆっくりと体を支配する。
ぶつかり合う乳房と乳房――
割れ目の中でドクドクと脈打つ突起――
女同士でなければ味わえない、この気持ちよさ――
すでに男の象徴が股間にない違和感などとっくの昔にぶっ飛び、俺はこの感覚に身も心も委ねていた。


端から見れば、ティティスとアーデリアがレズってるだけにしか見えないこの光景。
俺たちは体を奪った上に、彼女たちの人間の、エルフとしての尊厳をも貶めているんだ。
例え力尽くで女を抱いたとしても、その人格まで、その魂まで辱める事は出来ねえ。
だが・・・今の俺たちには、それが出来る。
出来るのだ。

――体を犯し、そして心も犯す。
今や俺の意志によって、アーデリアは肉を貪る雌豚と化していた。

くくくくく。
まったく・・・いい気味だぜ。


「ひゃああんっ!」

うねるような俺の邪悪な思考は、一頻り大きいティティスの喘ぎ声によって中断された。
見れば、目の前の聖女はもはや絶頂寸前と言った様子だ。

「ふう・・・!はぁ・・・っ、ああ・・・っ!なんと・・・なんと言う悦楽!もはや、抗おうにも体が言う事を聞かん・・・見ろ、ティティスの肉体も、歓喜に打ち震えておるわ!」

艶かしく喘ぎながら、ティティス(=グリムワルド)は俺に身を寄せ、甘い吐息を漏らす。
ふふふふ、可愛いじゃねえか・・・!

「皮肉なもんじゃのう・・・?この肉体、確かにワシらが支配してはおるが・・・ワシら自身も快楽の奴隷と化しておる・・・支配の指輪と言うのは、もしかしたらこうして、あらゆる者を肉欲の支配下に置くと言う、呪われたアイテムなのかも知れんな・・・」

ティティス(=グリムワルド)は自身の指に嵌められた指輪を、愛しそうに見詰めた。

「へ・・・っ、そんな事どうでもいいじゃねえか・・・肉欲に溺れろって言うなら、喜んで溺れようぜ?何がどうなろうが知ったこっちゃねえ。今ここで、こいつらを自由に出来るのは誰でもねえ、俺たちなんだ。俺たちが支配するんだよ・・・こいつらの体も、心も、時間さえも・・・・・・・!」

「ああ・・・そうじゃな・・・!存分に狂おうぞ・・・ワシら二人で!この夜は、ワシらだけの世界じゃ・・・・・・・!」

煌く黒髪を闇に躍らせながら、しなだれかかってくるティティス。
俺は笑いながら、もう一度彼女と唇を合わせる。

絡み合う舌と舌。
絡み合う手と手。
絡み合う足と足。
絡み合う体と体。

――もはや俺たちは言葉を忘れ、ただ互いを嬲る事しか頭になかった。
空が白んでくるまで、
死肉を喰らうグールのように、
俺たちは・・・互いの肉体を貪り尽くしたのだ。



第Z章 黄金の夜明け



「あ〜・・・気持ちよかったよなぁ・・・ま〜だ体に力が入らねぇぜ・・・」


――朝の穏やかな空気が、倦怠感に包まれた体に心地いい。
すでに俺と爺さんは、アーデリアの部屋から一階の酒場に移動していた。

結局、俺たちが痴態を止めたのはついさっき。
気付けば一晩中、ベッドの上で乳繰り合っていた事になる。
ベッドのシーツは、汗と涎と愛液でグショグショになっちまった。
宿屋の主人が見たら、腰を抜かすかもしれねえな。

「本当に・・・長い事生きてきたが、昨日ほど楽しい夜は初めてじゃわい・・・」

テーブルの向かいに座っているティティス(=グリムワルド)が、頬に手を当てながら虚空を見上げた。
昨夜の宴を思い出し、余韻に浸っているんだろう。

事実、俺たちの体はまだ、緩やかな快感に包まれていた。
目の前の神官も、酒で酩酊したかのように頬が赤い。
きっと俺の、アーデリアの顔も同じだろう。

だが、俺たちが興奮している要因は、何も体の内から生まれるものだけではなかった。
周囲をチラリと見る。


「しかし――なんだか落ち着かねぇなぁ・・・」

「まったく・・・おなごと言うのも大変じゃのう」

俺と爺さんは目を合わせ、互いに自分の肩を抱き締めた。
今は朝食の時間だからか、一階の酒場には俺たちの他にも、何人かの客の姿があった。
旅の商人から、俺たちと同じ冒険者まで、客の種類は様々だが、皆一様に俺たちの方に視線を向けてやがる。

チラチラと盗み見るような、いくつもの視線。
しかしその視線は、俺たちが男だった頃には向けられた事がなかったもの。
男特有の、女を見る時の欲情の視線だ。

肌の上を、虫が這いずるような悪寒がぞぞ走る。
目で嬲られているようで、なんだかくすぐってぇ。
アーデリアたちはいつも、こんな好奇の目に晒されていたのか?

こそこそとこっちを見ては、すぐに視線を逸らす男たち。
気付かれていないとでも思っているのかねぇ・・・?

一人の男に流し目を送ってやると、奴は顔を真っ赤に染め、猫のように縮こまった。
フフフ、面白ぇ。
なんだか、酒場の踊り子にでもなった気分だぜ。

窓から漏れる朝日を浴びて輝く金色の髪を手で払うと、客たちの間から溜息が漏れる。
俺の動作にいちいち反応する客たちは、悲しいくらい滑稽だった。

成る程、アーデリアの奴はこうした男どもの姿に、侮蔑の表情を浮かべていたのか?
見れば爺さんも、自分たちを完全にティティスたち本人だと信じこんでいる周りの客の様子に、必死に笑いを噛み殺してやがる。

へへっ、連中――この二人が昨夜、獣のようにベッドの上でヤりまくっていたと知ったら、どんな顔をするのかね?
今のアーデリアとティティスの姿からは、絶対に想像できねえだろう。


「・・・で、これからどうするんだよ爺さん?」

何も知らない連中をからかうのも面白いが、さすがに何時までも付き合ってはいられねえ。
取りあえず客たちの視線は無視する事にし、俺はパンを齧りながら爺さんに声をかけた。

――こいつらの体を使って、たっぷり遊ぶ事は出来た。
しかし、だからと言って俺はずっとアーデリアの体に居座るつもりはねえ。
そもそもこの体に乗り移ったのは、日頃の仕返しをする為。
別にこいつの肉体を奪い取る為じゃねえ。

確かに女の体は気持ちよかったが、やはり他人の肉体と言うのはひどく居心地が悪いしな。
ふわふわと腰が落ち着かないような感覚は、まるで自分がゴーストかスペクターにでもなったような錯覚を覚えちまう。

「・・・まさか、いつまでもこのままじゃいられねえだろう?」

そうだ。
大体、こうして俺の精神が体から離れているって事は、俺たちの本来の肉体は意識を失い、今も眠っているって事だろう?
このままじゃ、この宿屋から出て行く事だって出来ねえじゃねえか。
まさか誰かに担いで運ばせるワケにもいかねえだろう。
バァンの奴は、俺たちがこいつらのカラダ乗っ取ってるなんて、夢にも思ってねえだろうしな。

「そうじゃな・・・しかしまだまだ『支配の指輪』の魔力は計り知れん。こやつらの体をこうしていとも簡単に乗っ取れた以上、世のおなごどもを皆、ワシらの支配下に置く事も容易だと分かった訳じゃしな」

ティティス(=グリムワルド)は嬉しそうに微笑みながら、指輪の宝石を朝日に照らすように掲げて見せた。

「おいおい・・・まさかこの後も、誰か別の女に乗り移るつもりだとか言いだすんじゃねえだろうな!?」

「無論!なんじゃ、お前さんはもう飽きたと言うのか?このおなごの体に・・・」

ティティス(=グリムワルド)は客たちに気付かれないようにこっそりと、服の上から胸を揉みほぐした。
――ちなみに今の俺たちは、すでにいつでも宿を出られるよう、旅支度を整えていた。
俺は草色の衣服の上からミスリルの鎧を纏い、腰にはレイピアを下げ、背中に白いマントを羽織っている。
爺さんは白地に青い刺繍が施された法衣を着込み、首からはナナファリアのロザリオをぶら下げていた。
昨日とは違い、その姿はどこから見ても普段のアーデリアとティティスそのものである。

「そりゃ・・・まあ確かに、これで止めにするのはもったいねえ気はするが・・・」

「じゃろう?ならばこのまま続けるべきではないか!?今のワシらなら、例え一国の王妃だろうと容易く支配化におけるのじゃぞ!?」

「お、王妃ってアンタ・・・・・・まさか城に忍び込む気かよ・・・!?」

「それも、ワシとお前さんなら造作もないと言っておるんじゃよ!」

ティティス(=グリムワルド)がドン、とテーブルを叩いた。
その音に驚いた何人かの客が、こっちを振り向く。

――どうやら・・・本気らしい。
まったく・・・・・・このジジイは。
どこまで悪巧み企てりゃ気がすむのか。
あれだけ好き放題やったと言うのに、まだ物足りないらしい。

人間の欲望に際限はないとよく言うが、爺さんのは度を越えてるぜ。
俺は呆れて天井を仰いだ後、フッと鼻から息を漏らすように笑った。

「毒喰わば皿まで、か・・・いいぜ。こうなりゃ、とことんまで付き合ってやる」

「ワシらに不可能はないわい・・・頼りにしているぞ?相棒・・・!」

俺たち二人は声を殺して邪悪な笑いを浮かべながら、ガッチリと握手を交わした。
慈愛の聖女と森の妖精がこんな企みを囁き合っているなど、この場にいる誰一人として分からねえだろう。


――その時。
二階から、ドタンバタンと騒々しい音が聞こえてきやがった。


「・・・なんじゃ?」

顔を上げると、扉が物凄い勢いで開き、中から男が転がり出てきた。

「――バァン?」

現れたのはオレたちの仲間のもう一人、バァンだった。
ハァハァと肩で息を切らせながら、階段の手摺に体を預けている。

「・・・何騒いでんだあいつ?」

バァンは一階にいる人間たちをグルリと見回し、俺たちを見つけると、ドタドタと階段を降りてきた。
その様子に、俺は一抹の不安を覚える。

「お、おい・・・まさか俺たちの事、奴にバレたんじゃ・・・?」

「あいつがそんなに鋭い訳がなかろう。それより・・・どうじゃ?このまま、ティティス達の振りをしてあいつをからかうと言うのは・・・」

俺とは対照に、ティティス(=グリムワルド)はゆったりとした動作でティーカップを持ち上げながら、口の端を吊り上げた。

「ほ、本人の振りぃ?」

「どこまで本人になり切れるか、この機に試してみようではないか。と言う訳でいいな?お前さんはアーデリアになり切るんじゃぞ・・・」

小声で耳打ちし、爺さんはバァンの方を振り返る。
俺が答えるよりも早く――

「た、大変だぜ!!」

バァンが俺たちの席にやって来て、大声を上げた。

「どうしたと言うのですバァン?朝からそんなに慌てて・・・」

慌てふためくバァンに対し、ティティス(=グリムワルド)がニッコリと微笑む。
その態度に、横にいた俺は心の中で驚いていた。

柔らかな表情、
微かに傾けた首の角度、
小鳥が囀るような穏やかな発声。
――その全てが、ティティスそのものだった。

昨日の夜は女の口調を真似る事すら侭ならなかったのに、いつの間にこんな仕草を身に付けやがったんだ?
役者顔負けだな・・・このジジイは。


「い、今ダガーの奴を起こしに行ったんだけどよ・・・あいついなくてさ。で、爺さんの部屋覗いたら二人仲良く寝てやがったんだ。だから叩き起こそうとしたんだけど・・・ダガーも爺さんも、全然目を覚まさねえんだよ!!」

バァンの奴はすっかり混乱しているようで、口角泡を飛ばしながら、早口で一気に捲くし立てた。

「な、なあティティス!お前行って、ちょっと診て来てくれよ!!」

「まあまあ、とにかく水でも飲んで落ち着いて・・・」

ティティス(=グリムワルド)はにこやかな笑みをバァンの奴に向けたまま、手元にあった水の入ったグラスを差し出した。

「す、すまねえな」

それを受け取り、バァンは立ったまま一気に水を飲み干す。
ゴクゴクと水を飲みこむ奴の下で、俺たちは気付かれないようにそっと目配せし、ひっそりとほくそ笑んだ。

・・・まあ、奴が慌てるのも無理はねえよな。
何せ俺たち自身の魂はここにあり、二階にある体は只の『抜け殻』なんだから。
しかしその事実を知らねえバァンは滑稽なまでに慌てふためいていて、見ているこっちはおかしくてたまらなかった。

・・・とは言っても、アーデリアたち本人が事態を把握している筈はねえからな。
いくら俺達が真相を知っていようが、当然のような顔をするワケにはいかねえ。

「ぷはぁ・・・っ!はあ、はあ、まさか・・・あいつら・・・し、しし死――」

グラスをテーブルに叩きつける勢いで置き、バァンは真っ青な顔で言葉を吐き出そうとするが、歯の根が合わずに言葉になっていない。
おいおい、縁起でもねえ事考えるんじゃねえよ。

「多分昨日の疲労が残っているのでしょう。グリムワルドも頑張っていましたからね・・・私たちで労わってやらないと」

「そ、そうか?ならいいんだけどよ・・・」

「そうそう。疲れているのよきっと。ゆっくりと寝かせてあげましょうよ」

俺も爺さんに負けじと、アーデリアの演技をしながら頬杖を突き、目の前のバァンの間抜け面を見上げた。
しかしその言葉に、不思議そうな顔で奴がこっちを振り返りやがった。

「・・・珍しい事言うな、お前」

「?な、何がよ」

一瞬、バレたのかとドキリとする。

「いや・・・本当に只の寝坊なら、いつもだったらお前、だらしねえ俺らの事ものスゲエ怒るじゃねえか」

・・・成る程。
アーデリア本人がもしこの場にいれば、確かに小言の一つも零すだろう。
しかし今やこの体の支配者は――俺だ。

「あら、今日はと・く・べ・つよ。特にダガーは鍵開けや罠の解除と本当に大変だったんだから・・・いい夢見させてあげましょう♪」

俺はうっとりとした顔で、二階に視線を送った。
そんな俺を見て、バァンが口をアングリと開ける。

「ほ、本当に珍しいな・・・お前がダガーを誉めるなんて・・・・・・」

「昨日までのあたしが馬鹿だったの。彼の魅力に気付かなかったなんて愚かよね・・・・・・ああんっ♪」

そう言って、俺はアーデリアの顔に夢見る少女のような表情を作ってやった。
へへへっ、 俺を忌み嫌うアーデリアに、こんな台詞を言わせられるなんてな。

朝まで散々ヤりまくった後だってのに、また俺の中の支配欲がムクムクと膨らんできやがった。
下着の中で、アソコがクチュリとイヤらしい音を上げる。

自分の発した台詞に興奮してやがるぜ・・・この体は。
我慢できずに俺は、テーブルの下でそっと内股に手を忍ばせた。

へへっ、バァンの奴・・・まさか今、アーデリアがこんな所でこっそり自分の体を弄っているなんて、夢にも思っていねえだろう。
と、ティティス(=グリムワルド)が僅かに俺の方に体を傾けてきた。

「おい・・・あまり遊びすぎるなよ。本人から掛け離れた行動を取ると、さすがのバァンでも怪しむぞ」

俺にだけ聞こえる声で、ティティス(=グリムワルド)がそっと釘を刺す。

「大丈夫だって、あえてこの女が言いそうにない台詞を言ったりするのが、楽しいんじゃねえか」

「遊ぶにも考えろと言っておるんじゃよ。こう言う風にな・・・」

言って、悪戯を企む小悪魔のような顔を一瞬だけ浮かべ、ティティス(=グリムワルド)はキョトンとしているバァンの腕を掴んだ。

「とにかくアナタも座って・・・食事にしましょう?」

そのまま、自分の横に座らせる。
そして手元にあったスープを木さじで掬い、奴の口元に近づけた。

「ほら、バァン。あ〜ん」

「!?ば、馬鹿よせよ!!」

まるで結婚したての新妻のように甲斐甲斐しく、甘えたような声でスープを飲ませようとするティティス。
対し、バァンは周囲に首を巡らせながら、真っ赤な顔でその動きを止めた。

「あら、私の手では食べたくないと言うのですか?」

「な、何を馬鹿な事を・・・今日のお前ら、変だぞ」

拗ねたように眉を顰めるティティス(=グリムワルド)。
それだけ見れば、実に可愛い仕草だと思うが・・・何しろ実際にやっているのは、いい歳をした爺さんなのだ。
俺は二人の横で、笑いを堪えるのに必死だった。

バァンとティティス――
一体どこまで進んでいるのかは知らねえが・・・二人が互いの事を悪く思っていないのは、仲間内では周知の事実だ。
だが恥ずかしいのか、人前であからさまに愛を語るような事はなかった。

そんなティティスが、こんな大勢が見ている前で、主人に媚びる飼い犬のように身を摺り寄せてきているんだからな・・・
バァンにしてみたら人が変わったとしか思えねえだろう。
――って、実際人が変わっちまってるんだけどな?けけけっ。


「バァン・・・ちょっとこちらに来てください」

ティティス(=グリムワルド)はバァンの腕を掴み、席を立つと、見守る群衆の間を通り抜け、そのまま階段を上っていった。
どうやら自分の部屋へ行くつもりらしい。

しかし、奴は席を離れる一瞬、俺にだけ分かるように目で合図を送ってきた。
一見本気でバァンの事を怒っているように見えるが、爺さんが奴をからかおうとしているのは間違いない。

・・・一体何をやらかすつもりだ?
好奇心に駆られ、俺も奴らの後を追い、二階へと移動する事にした。



第[章 冒険者たちの挽歌



ティティスが借りていた部屋は、二階の一番奥にある。
俺は中の様子を探る為、隣りにあるアーデリアの部屋の窓から外に出た。
窓枠を伝い、ティティスの部屋の窓のすぐ側に張り付く。
そして中をそっと伺った。

最初は扉の前で聞き耳でも立てようかと思ったが・・・さすがに廊下では人目もあるし、ここは盗賊らしく行動する事にした。
うっかり物音を立てて中のバァンに気付かれないように、静かに窓に近づき、壁に身を潜める。

――今はエルフの体でも、盗賊様に取ってこうした技は、朝飯前の芸当だ。
いつもとは勝手が違うので、忍び歩きなどの特技が出来るかどうか心配したが、大丈夫らしい。

と言うよりも、俺はアーデリアのこの体に、今更ながら驚嘆していた。
階段を駆け上がった時の躍動感――
フワリと跳ねるような体の軽さ。
こいつの体は、信じられねえくらい軽い。
まるで全身が、鳥の羽で出来ているみてえだぜ。
エルフってのは、みんながみんな、こんなにも身軽なものなのか?
やっぱ生まれながらの精霊使いって奴は、シルフの恩恵でも受けているのかねぇ・・・?

何にしても、この体なら今まで以上に盗賊の技を発揮できるに違いない。
エルフの盗賊ってのも面白いかもな・・・?へへっ!
っととと、なんて妄想はともかく、今は中に入った二人の様子を探る方が先だ。


「――バァン・・・何故昨夜、私の部屋に来てくれなかったのですか?」

その時、部屋の中からティティスの声が聞こえてきた。
俺はすぐさま窓からこっそりと顔を覗かせ、部屋の中を確認する。

扉の近くに、バァンの奴が所在なげに立っている。
更にその手前には、ティティスがバァンに背を向け、俺がいる窓の方を向いていた。

「はぁ?ど、どう言う意味だよ・・・」

「私はずっと、あなたの事を待っていたと言うのに・・・」

俺が窓の外にいるのに気付いたようで、ティティス(=グリムワルド)は目だけを俺に向けながら、憂いを帯びた声でバァンを詰(なじ)った。

「な、何を一体・・・本当に変だぞ、お前」

二人は大声で喋っているワケではないが、俺の耳にははっきりと奴らの声が聞こえてきている。
これもアーデリアの耳のお陰か?
へへっ、まったく便利だぜ・・・エルフの体って奴は。

「変?変なのはあなたでしょう・・・一体あなたは私の事をどう思っているのですか?」

非難するように少し声を荒げ、ティティス(=グリムワルド)はバァンの方を振り返る。

「ど、どうっつったって・・・」

バァンはモゴモゴと、消え入るような声で呟きを漏らした。
そんな奴を見据え、ティティス(=グリムワルド)は一度俺の方を振り向いて企む笑みを浮かべると、ウルウルと濡れた瞳で奴に詰め寄った。

「私はこんなにも、あなたの事をお慕いしていると言うのに・・・」

そのまま俯き、目を瞑り、奴の胸元におずおずと手を差し伸べる。

「ティ、ティティ、ティ、ティティス・・・ッ!」

ティティス(=グリムワルド)の行動に――バァンの奴は只うろたえ、耳まで真っ赤になってやがる。
う〜ん、グリムワルドの芝居は完璧だな。
正体を知っている俺でも、あんな風に迫られたらどうにかなっちまうぜ。
しかも爺さんは観客である俺の事もちゃんと考えている様で、バァンに近づきながら微妙に体をずらし、自分たちの芝居がよく窓から見えるような立ち位置を取っている。

「ねえ・・・バァン・・・お願い・・・・・・」

「な、な、な、何だ・・・・・・?」

「・・・抱いて・・・・・・・・・・!」

言うや、ティティス(=グリムワルド)は法衣をスルリと脱いだ。
衣擦れの音と共に、聖女を覆っていた白き衣が,床に滑り落ちる。
後には、下着だけを身に纏ったティティスだけがそこにいた。


「・・・・・・・・・!」

バァンが声にならない悲鳴を上げる。
恐らく、ティティスのこんな姿を見るのは初めてなんだろう。
昨日散々彼女の裸を目に焼きつけた俺でさえ、おもわず窓越しに身を乗り出しそうになった。

「さあ、バァン・・・その腕の中に、私を・・・!」

「お、俺は・・・俺は・・・!」

ティティス(=グリムワルド)が一歩前に進むたびに、バァンがロックゴーレムのようにぎこちない動きで後ろに退がる。
しかし当然、退路は絶たれているので、すぐに背中が扉に当たった。
観念し、それでも顔を背けるバァンの胸板に、ティティス(=グリムワルド)の柔らかい体がしなだれかかってくる。


「・・・バァン・・・・・・」

「ティティス・・・・・・!」

「・・・私の事・・・愛してくれていますか・・・?」

「あ、ああ・・・ああ・・・・・・!!」

バァンは寄り添うティティス(=グリムワルド)の体に触れるか触れないかのギリギリ手前で両手を広げ、必死に声を絞り上げた。
そして、意を決したように真剣な眼差しを眼窩の女性に向け、その体をガバッと抱き締めた。


「・・・・・・・!ティティスッ!!好きだ!お前が・・・お前が好きだっ!!」

全身全霊を込めて、バァンが絶叫する。
アーデリアの耳でなくてもハッキリと聞えるほどに、奴の声は部屋の外まで響き渡った。

うわあ・・・・・・叫びやがったぜ・・・あいつ!
俺は窓の外で、両手で口を押さえて声が漏れないようにするのに必死だった。
――二人は彫刻家が生み出した彫像さながらに、抱き締め合ったまま、ピクリとも動かない。


と、ティティス(=グリムワルド)の方に変化が起きた。
僅かに肩が――震えている。

泣いているのか・・・・・・?
・・・・・・・・・いや、


「―――うく・・・うくくく・・・うくくくくくく・・・!」

「・・・・・・ティティス?」

バァンの奴も気付いたらしい。
ティティスは――笑っていた。
垂れた黒髪に顔を隠しながら、くぐもった声で。

「お、おい・・・・・・?」

不安になったバァンが一度体を離し、ティティス(=グリムワルド)の様子を確認しようとした。
しかしその笑い声は、次第に大きくなっていく。


「うひゃひゃひゃ!うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

今やティティス(=グリムワルド)は声を潜める事無く、全身で笑っていた。
目の前にいるバァンを見ながら、目に涙さえ浮かべ、腹を抱えて大笑いしている。

「おい、ティティス!!」

ワケが分からないといった顔でバァンが詰め寄ろうとするが、ティティス(=グリムワルド)はその体をドンと手で突き飛ばした。

「馬ぁ〜〜〜〜〜鹿!本当に言いおったわいこいつ・・・ああ、こっ恥ずかしい!ひゃーっひゃひゃひゃひゃ!!」

バァンを指差し、小娘のようにはしゃぐティティス(=グリムワルド)。
突き飛ばされ、たたらを踏んで何とか体勢を立て直したバァンは、その言葉にポカンとなる。
今、自分が何を言われたのか――分かっていないらしい。

「お前が好きだぁ〜?よくもまあ、そんな台詞を真顔で言えるもんじゃわい。いやあ、愉快!愉快!」

変わらずティティス(=グリムワルド)は笑い転げている。
その姿に――ようやくバァンが、信じられないものを見るように、自分が愛を叫んだ女性の顔を見返す。

「ティ、ティティス・・・?い、一体・・・・・・」

先程とはまるっきり違うその態度に、どうしていいか分からないらしく、無様に立ち尽くしている。


「・・・・・・・・おい、ダガー!そろそろ出て来たらどうじゃ?」

そんなバァンを放置し、ティティス(=グリムワルド)は尊大に腰に手を当てながら、こっちを振り向いた。
どうやらお遊びはここまでらしい。
俺はすぐさま、自分の体を窓から室内に滑りこませた。

「ア、アーデリア!?」

音もなく現れた俺に、飛び上がらんばかりにバァンが驚く。

「・・・な、何でお前がここに・・・っつーか、何でそんな所から・・・・・・?」

「へ・・・っ、盗賊が扉以外から現れるのは常套だろう?」

顔にかかった髪の毛を手で払いのけながら、俺はうっそりと答えた。
しかし案の定、台詞の意味が分からないらしく、バァンは間抜けな顔で俺とティティス(=グリムワルド)を交互に見比べている。

「・・・駄目だこいつ。おい爺さん・・・いい加減話してやれよ」

「仕方がないのう・・・」

俺の首に手を回しながら、ティティス(=グリムワルド)は小馬鹿にした目をバァンに向け、『支配の指輪』を掲げて見せた。
奴の間抜け面を映し、血のように赤く輝く宝石を付けた指輪を――



「じゃ、じゃあ・・・お前らはダガーと、グリムワルドの爺さんだってのか・・・・・・!?」

一通り話しを終え、ティティス(=グリムワルド)は疲れた様にベッドに腰を下ろす。
その間黙って話を聞いていたバァンは、爺さんの講釈が終わるや否や、やはりまだ信じられないと言った様子で、俺たち二人を指差した。

「わ、悪い冗談だぜ・・・四人で俺をからかってるのか?あ!だからダガーたち、俺が起こしに言ってもワザと起きてこなかったんだな!?」

バァンは顔を引き攣らせ、自分の言葉に自分で納得しようとしている。
目の前の現実が受け入れられないらしい。
まあ、無理もねえけどな。

「そうじゃねえって・・・いい加減理解しろよ、相棒」

「だ、ダガーの真似なんかすんなアーデリア!お、俺は絶対騙されねえからな!!」

う〜ん、本当に石頭な野郎だな。
いい加減苛立ってきた。
こうなったら・・・力尽くで分からせてやろうか?
と思ったが、立ち上がったティティス(=グリムワルド)が俺の動きを止めた。

「フ・・・論より証拠と言う訳じゃな・・・・・・?」

言って、俺の体に手を絡めてくる。
その動きだけで爺さんが何をしたいのかを察し、俺はバァンから爺さんに目を移した。

「んふ・・・ねぇアーデリア・・・キスでもしましょうか?」

「ええ、いいわよティティス♪まったく・・・私たち本人がこんな事するとでも思っているのかしら・・・?」

すでに手馴れた動作で、俺も聖女の肩に手を回し、その唇を奪う。

「んなぁっ!?」

横から、素っ頓狂なバァンの絶叫が聞こえてきた。
俺たちは構わず、恋人同士のようにその姿を見せつけてやる。

「ん・・・はむ・・・っ、あふ・・・!」

「ふぅ・・・っ、あん・・・!」

俺たちの荒い息遣いと、バァンの生唾を飲みこむ音だけが部屋に充填した。
ティティス本人がいる事で穏やかな霊気に包まれていた筈の空気が、たちまち甘ったるく淫靡なものへと変貌していく。


「・・・・・・!や、やめろ!やめろって!!分かった!分かったから!!」

しばらく言葉もなく俺たちの行為に見惚れていたバァンだったが、さすがに耐えられなくなったのか、慌てて俺たちの体を引き離した。

「・・・ぷはぁっ・・・どうじゃ?これでよく分かったじゃろう?」

「・・・あ、ああ・・・・・・信じられねえけどな・・・」

そのか細い腕を掴んだまま、バァンはさっきとは全く違う視線をティティス(=グリムワルド)に向ける。

「けど・・・な、なんだってティティスたちの体に入りこんだんだよ?」

「実験じゃよ。この『支配の指輪』の効果を試す為の、な」

爺さんは俺の手を持ち、自身の手も掲げ、二つの指輪をバァンの奴に示した。

「・・・だったら、もう十分だろう!?ティティスから出ていけよ!!」

「ホ、怒りおった・・・矢張り自分の愛する者の体が他人の好きにされるのは嫌と見える・・・」

「当たり前だろう!」

「何しろ愛の告白を大声で叫んだばかりだもんなぁ・・・?お前が好きだー!うぷぷぷぷ」

俺はおどけながら窓の外に向かって叫んだ。

「ば、馬鹿やめろ!!やめねえと叩っ斬るぞ!?」

ふざける俺の姿に、バァンは真っ赤な顔で、剣を手に持つ構えを取る。

「分かった分かった。そろそろ日も高くなってきたしの・・・この宿も出る頃合じゃ。元の体に戻るとしようかのう?」

そんなバァンを後ろから諌め、ティティス(=グリムワルド)は俺に提案した。

「その代わり、この事はティティスたち本人には内緒じゃぞ?」

「・・・・・・ああ・・・お前たちがこのまま、大人しく二人から出ていくんならな・・・」

「・・・ケッ、糞真面目な野郎だなぁ、お前も。今ならこいつらに何をさせるのも自由なんだぞ?」

俺はバァンを見ながら爺さんにゆっくりと近づき、相変わらず下着姿の侭のティティスのその豊満な乳房を、荒々しく持ち上げて見せた。

「んあっ!」

ニヤニヤ笑っていたティティス(=グリムワルド)の表情が、たちまち愉悦に喘ぐ女のそれに変わる。

「だからそういう事すんじゃねえっての!!」

しかし案の定、横で見ていたバァンは怒りを露にした。

「フン、こいつの体・・・抱きたくねえのかよ?」

「体だけ奪ったってしょうがねえだろう!俺が好きなのはティティス自身であって、彼女の肉体じゃねぇんだよ!」

俺とティティス(=グリムワルド)の間に割って入り、バァンは聞いてる方が恥ずかしい台詞を、平然と言ってのけやがった。

「ケッ!白々しい事抜かしやがって・・・英雄気取りはやっぱ違うよなぁ!」

「なんだとテメエ・・・!?」

「じゃが・・・お前自身もこの娘の体に入りこめば・・・果たしてどうじゃ?」

「な、何?」

からかう俺に殺気を漲らせるバァンだったが、爺さんの言葉は予想外だったらしく、打って変わって不思議そうな顔を浮かべた。

「この指輪を使い、お前もティティス嬢ちゃんの体に乗り移ったらどうじゃと、聞いておるのだ」

「お、俺が・・・ティティスに?」

呆然と呟き、バァンはまじまじとティティスと、そして指に嵌められた『支配の指輪』とを見詰めた。

「ホンにいいぞ〜・・・おなごの体というのは・・・♪」


「オ、オンナノカラダ?」

「そうそう。この気持ちよさを知っちまったら、どんな男でも病み付きになる事間違いないっての!」

爺さんの横で、俺もアーデリアの生ッ白い太ももを撫で回してやった。
そんな俺たちの誘惑に、バァンは極上の獲物を視界に捉えた魔竜のように、爛々とした目を向けている。

「俺が・・・ティティスになる・・・・・・」

唸るような声が、その喉から絞り出される。
どうやら奴の心は、魔界に踏み込む境界のギリギリで踏みとどまっているらしい。
――ならば、その背中を一押ししてやろうか?
俺と爺さんは示し合わせたように、バァンの両側に寄り添った。


「そうよ、あなたがティティスになるの」

「そうよ、あなたが私になるの」

「俺が・・・ティティスに・・・」

「それはとても素晴らしい事」

「それはとても気持ちいい事」

「・・・・・・」

「ねぇ・・・楽しみましょう・・・?『支配の指輪』の魔力を」

「ねぇ・・・楽しみましょう・・・?女同士の肉欲を」

まるで双子のように、俺たちは交互にバァンの両側から、息を吹き掛けるように甘く囁く。
ドライアードの魅了よりも、サキュバスの淫夢よりも、奴に取っては逃れる事の出来ない誘惑だろう。

「さあ・・・お前も試してみるがよい・・・新たな世界を」

「・・・・・・・・・ゴクッ」

バァンの体にしなだれかかり、娼婦のように顎を摩るティティス(=グリムワルド)。
バァンの視線は、もはや『支配の指輪』を捉えて離さなかった。

「試すって・・・ど・・・どうやって、試すんだよ?・・・その指輪を・・・嵌めるだけでいいのか・・・?」

どうやら――奴も堕ちたらしい。
すでに奴の表情は、俺たちと同類となりつつあった。

「なぁに・・・簡単じゃよ。これからワシの部屋に行って、そこにある水晶玉に念を込めれば、たちまちこの娘の肉体に、お主の精神が入りこんでおるわい」

爺さんは楽しそうに説明を始めた。

「――水晶玉?」

が、途端にバァンが不審そうな顔になった。

「爺さんの部屋にある水晶球って・・・あの、机の上に置いてあった紫色の玉の事か?」

「なんじゃ、分かっておるではないか」

「そっか。お前さっき、俺ら起こしに爺さんの部屋へ行ったんだっけか」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ・・・」

バァンは頭を振りながら、手を前に翳した。

「い、今お前らは自分の体から離れて、そいつらの体に入りこんでいるんだよな?」

「さっきからそう言っとるじゃろう」

「も、もし今、その指輪とか、爺さんの部屋にある水晶の玉が壊れたら・・・どうなるんだよ?」

「指輪が壊れればワシらの精神も粉々に砕けてしまう。反対に水晶玉が壊れれば、ワシらの精神はこの体に閉じ込められる事となる」

「・・・その場合、ティティスとアーデリアの意識は?」

「永遠に眠り続ける事になるじゃろう。ワシらの意識がある限り、な」

爺さんの台詞に、バァンの顔色がサーッと青くなった。

「・・・何を心配してるんだよ、お前は?」

奴の態度を怪しんだ俺が声をかけると、奴は厳格な父親の前に立つガキのようにオドオドした目で、俺を見詰めた。

「・・・じ・・・実はさぁ・・・さっきお前らを起こしに行った時――」

「おう」

「いくら揺すっても全然目を覚まさないから、まさか・・・って思ったんだよ」

「ああ、そんな事言ってたなぁ、さっき」

「で、慌ててティティスたちを呼びに行こうとして・・・ぶつかっちまったんだよ、ベッドの近くにあった机に」

「それで?」

「で・・・・・・落としちまったんだ・・・・・・その、水晶の・・・・・・玉」

「・・・・・・・・・は?」

「だから・・・!壊しちまったんだよ・・・机に置いてあった、水晶の玉を」


・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
バァンの言葉が、ゆっくりと俺の頭の中に浸透していく。

「な、なんじゃとぉぉぉぉぉぉっ!?」

しかしその言葉の意味を理解する前に、爺さんの絶叫が耳を劈いた。

「壊した・・・?あの水晶玉を、本当に壊したのかっ!?」

「あ、ああ・・・・爺さん起きたら謝ろうと思ってたんだけど・・・このドタバタで忘れちまってさ・・・」

詰め寄るティティス(=グリムワルド)の剣幕に、バァンはシドロモドロに答える。

「・・・?どう言う事だよ・・・グリムワルド?」

「・・・・・・・・・!」

イマイチ状況が掴めず呼びかけた俺の声を無視し、爺さんは弾かれたように部屋から廊下へと飛び出していった。

「お、おいおい!?」

慌てて俺も、爺さんの後に続く。
廊下に出ると、旅人らしき男が大口を開けて、呆けていた。
突然、部屋から下着姿の美しい女性が飛び出してきたんだ、無理もねえよな。
肝心の爺さんは、周囲の好奇の視線も構わず、一直線に自分の(グリムワルドの)部屋に向かったようだ。

一体、何がどうなったってんだ?
俺とバァンは、急いで爺さんを追いかけた。


開け放たれたままの扉を潜り、部屋に入ると――
ティティス(=グリムワルド)は生気が抜けたように虚脱した顔で、呆然と床を見詰めていた。

奴の視線の先を追うと・・・
そこには、粉々に砕け散った水晶玉の残骸が、哀れな姿で転がっていた。

「あちゃ〜・・・こりゃひでえな・・・・・・」

もったいねえ。
結構な値打ち物だったのに。
これじゃあ、屑屋に売るくらいしか使い道がなくなっちまったぜ。
と、呟いた俺の声に、呆然としていたティティス(=グリムワルド)がのろのろと振り向いた。

「ま、大事なお宝なら、こんな所に無造作に置いておいた爺さんも悪いんだし・・・宝は他にもあるんだ、運がなかったと思って諦めな」

爺さんの背中をポンポンと叩きながら、慰めの言葉を掛けてやる。
ところが俺の声に、爺さんはイキナリ全身を震わせたかと思うと、物凄い勢いで掴みかかって来やがった。

「何を・・・何を呑気な事を言っておるんじゃ!おっ、お前は・・・これがどう言う状況なのか、分かっておるのか!?」

「な、何だってんだよ・・・イキナリ」

肩に食いこむ両の手を払いのけ、俺は居住まいを正した。
そんな俺を、ティティス(=グリムワルド)は救い様のない馬鹿を見るように、睨んでいる。

「だから何だってんだよ!?」

「・・・き、貴様と言う奴は!・・・・・これを見て、よくもまぁ平気でいられるわ!!」

「だから何がどうしたのか、ちゃんと説明しろっての!自分一人で理解してんじゃねえよ!」

「愚か者!支配の魔術を行う為に必要不可欠なアイテム――それがあの水晶玉なのだ。その水晶玉が、壊れたんじゃよ!」

「それが何だよ?」

「これだけ言っても分からんのか!?さっきバァンにも教えたじゃろう!ワシらはあの玉を介してこの娘たちに乗り移っておる・・・つまりもう、この肉体から離れらなくなったんじゃぞ!?」

「大げさだな・・・アンタ魔術師なんだから、魂を切り離す魔法なんて幾らでも知ってるんだろう?」

「魔術と言うのは決められた儀式を執り行って、初めて成功するものなんじゃ。入り口が一つしかない迷宮に入りこんだ場合、そこから脱出するにはもう一度入り口に戻るしかない・・・他の方法は有り得ないんじゃよ!なのに、唯一の方法であるその入り口が、ワシらの目の前から消えてしまったのじゃ!現に今!こーして!!」

「・・・・・・で、でもよ、この玉一つしかないワケじゃないんだろ?あんだけどっさりとお宝があったんだ・・・どうせもう二、三個くすねて来たんだろ?なら、そいつを使って元に戻れば・・・」

「ない――グラシャラボラスの財宝自体、発見できただけで奇跡なのだ・・・その上、支配の指輪と水晶玉はその中でも最も希少な魔導器・・・恐らくワシらが手に入れたものが、現在する最後の代物の筈じゃ」

「そ・・・それってつまり・・・どう言う事なんだよ?」

「つまり・・・・・・もう二度と、ワシらは自分の体に戻る事は出来んのじゃ・・・・・・!」


・・・・・・・・
爺さんの言葉を――俺はようやく理解した。
途端に背筋を悪寒が走り、血の気が引いていく。


つっ、
つまり・・・
つまり俺たちは・・・!?


「ど、どぉぉーーすんだよ!?俺たちこのまま・・・こいつらの体で生きていくしかねえってのか!?」

「だからさっきからそう言っておるじゃろう!肝心の水晶玉は・・・あの馬鹿が壊してしまったんじゃからな!!」

ティティス(=グリムワルド)は、俺の後から部屋に入ってきたバァンを忌々しげに指差した。

「てっ、てめぇ・・・バァン!どーしてくれんだよ!?元に戻れなくなっちまったじゃねーか!俺はこのまま・・・この馬鹿エルフの体で生きていかなきゃいけねえってのかよ!?」

「だ、だから悪かったって言ってんだろ!っつーか、そもそもお前たちがくだらねえ悪巧み企てなければ、こんな事にはならなかったんじゃねーか!」

俺は混乱しながらバァンに詰め寄ったが、奴は逆に俺と爺さんに怒りの篭もった目を向けながら非難してきやがった。

「ケッ!さっきはてめえも、ティティスに乗り移れるって聞いたらノリノリだった癖に!」

「だ、誰がノリノリなんだよ!」

「お前だ、お前!!」

「や、喧しい!!大体お前もアーデリアの体奪っといて、偉そうに言ってんじゃねえよ!離れろ!今すぐそこから離れろ!!」

バァンは俺の腕を掴み、指輪に手を伸ばした。

「ば、馬鹿やめろ!指輪外したらどうなるか、分かってんのか!?」

「知るか!とにかく爺さんもてめえも・・・その体から出て行けってんだよ!!」

「ええい!やめんか、バァン!もしも指輪を外せば、ワシらは指輪の中に閉じ込められてしまうんじゃぞ!?」

「丁度いいじゃねえか・・・しばらくその小さい宝石の中で、反省してやがれってんだ!」

「だからしばらくどころではなく、もう元の体には戻れんと言っておろうが!もはやワシらは、この指輪を使って他人の肉体を奪う以外、生きていく術を失くしてしまったんじゃよ!!」

「それもこれも、お前らがみんな招いた事じゃねーか!指輪の中でも腕輪の中でも、閉じ込められてそこで自分の罪を懺悔してろってんだ!」

「はっ!頭の悪いてめえに説教される筋合いはないっつーの!自分で水晶玉ぶっ壊しといて・・・何抜かしてんだ、間抜けが!」

「なんだとこの腐れ外道!?もう勘弁ならねぇ・・・こうなったら俺の愛剣でぶった斬ってやる!!冥府でティティスに詫び入れやがれ、糞がぁっ!!」

「フン、面白えっ!てめえのへなちょこ剣法にやられる俺様かよ!どっからでもかかってきな!!」

「やめーい!今は争ってる場合ではないのが分からんのか!?ダガーも・・・バァンもやめんか!ええい、やめいと言うておるに!!」

掴み合いになった俺とバァンの間に、ティティス(=グリムワルド)が仲裁に割って入った。

「まったく・・・若い者はすぐに短絡を起こすから度し難い!今は冷静に、これからどうするかを考えねばならん時じゃろう!?」

「喧しい!年長者気取ってんじゃねえよ!そもそも、アンタがこの指輪使ってこいつらに乗り移ろうだなんてくだらねえ事言い出すのが悪いんだろうが!どうしてくれんだよ、この俺の人生!ああ!?」

「な、な、何じゃとッ!?い、言うに事欠いて・・・散々やりたい放題楽しんでおいて、どの口がそんな台詞をほざくんじゃ!!もう勘弁ならん・・・神聖魔法でも復活出来ぬよう、ワシの魔術で骨まで焼き尽くしてくれるわ!!」

「上等だってんだ、この助平ジジイが!!」

「斬る!斬る!ぶった斬ってやるーーーーっ!!」


口汚く罵り合い、
周囲の物を薙ぎ倒し、
バァンの大剣が、
俺の短剣が、
爺さんの魔術が、
宿屋の壁を、
床を、
天井をぶち壊す。

体力も気力も魔力も尽きるまで、
俺たち三人は不毛な争いを、飽く事無く続けた・・・・・・・・・・・・



終章


「ち・・・っ、今回もガセネタかよ・・・!」

――あれから・・・どれくらいの時が経ったんだろうか・・・?
炎天下の田舎道を、俺は鉛のように重い足取りで、どうにか歩いていた。

「散っ々苦労して手に入れたのが、たった百枚ぽっちの銀貨かよ?・・・無駄骨もいい所だぜ、ホント!」

――俺たちは今も変わらず、冒険を続けている。

「魂の束縛を解く呪法・・・まさかそれが、封印された魔神を解く鍵だったとはな。とんだ食わせ物だったわい・・・あの魔女め!」

――しかし旅の目的は、少しばかり変わっていた。

「ったく・・・いつになったら、俺たちが元に戻れる日は来るんだよ?」

どこかにきっとある・・・
元の体に戻る方法を探して。
俺たちは――旅を続けていた。

「ワシが知るワケなかろう?それを聞きたいのは、こっちの方じゃわい!」

取りあえず・・・抜け殻になった俺と爺さんの肉体をほったらかしにするワケにもいかないので、ティティスの仕えるナナファリア神殿で俺たちの体は預かってもらっている。

あれ以来、アーデリアたちの意識は当然眠り続けていた。
――例え元に戻れたとしても、目覚めたこいつらになんて説明すればいいのか・・・それを考えるとかなり怖いぜ。

と言うワケで――
今の俺たちは、肉体から魂を切り離すような魔術や魔導器を求めて、西へ東へと飛び回っていた。


「ああ・・・いつになったら俺のティティスに会えるんだよ・・・・・・?」

バァンも渋々、俺らと別れず仲間に加わっている。
(まあ、愛する女を元に戻さないといけねえしな)

見た目には戦士、神官、精霊使いと――妙にアンバランスなパーティーだろう。
しかしてその実態は、神官の姿をした魔術師と、森妖精の姿をした盗賊なのだ。

パーティーが5人から3人に減った上に、俺たちも肉体の勝手が違う為、最初の頃は随分と戸惑ったもんだ。
(アーデリアになったからって、俺が精霊魔法を使えるようになったワケでもないしな)
しかし最近は、この状況にもどうにか慣れつつあった。


「なんじゃバァン・・・夜が寂しいのか?何ならワシが、慰めてやろうか?」

「全力で断わる」

「ワシも、すっかりと女の身には馴染んでしまってのう・・・殿方を悦ばせる事など、造作もないぞよ?」

「そうそう。俺もなんだか、こいつの体でいるのが当たり前に思えてきて参ってんだ・・・時々、無意識に女言葉で喋っている時があるから恐ろしいぜ」

「うむ、しかしやはりおなごはいいのぉ。昨日も見知らぬ男に微笑んでやっただけで、酒を馳走してもらったわい。この娘の美貌を利用すれば、ワシらは正にやりたい放題。望むものも思いのままじゃて♪」

「ティティスの体で邪な事企むんじゃねえよ!いいか、ティティスはナナファリア教の神官なんだぞ?教義に反する行いを続けて・・・彼女の霊力が消えたらどう責任取るんだよ!?」

にやけたティティス(=グリムワルド)に向かって、バァンの奴が怒鳴り散らした。

「その時は・・・闇黒神ディーバンドラの使徒にでも鞍替えするわい」

「んな事をしたら・・・冗談抜きで、てめえを棺桶に叩っ込むからな!?」

「おうおう恐い恐〜い♪バァンちゃんたら・・・そんなおっかない顔して、怒っちゃや〜よ!」

「だから気色悪い女言葉で、俺をからかってんじゃねー!!」

「あ〜ら、ティティスとば〜っかイチャついて猾ぅ〜い!アーデリアお姉さんとも遊びましょ?」

「うっがぁーーっ!!てめえも何遊んでやがんだ!?斬る!やはりお前ら二人とも、ぶった斬ってやるーーーっっ!!」


ぎらつく太陽から逃れる事も出来ない、周囲を畑に覆われた畦道のど真ん中で、バァンの奴は構わずグレートソードを振り回し、喚き散らす――
元気だねぇ、まったく。


やれやれ・・・一体いつになったら俺たちは元に戻れるのか――
俺たち三人の奇妙な旅は、まだまだ続きそうだ。


もしも何処かの街で、妙に乱暴な口調で話すエルフや、年寄り臭い仕草をする聖女を見かけたら・・・・・・
―――それは多分、俺たちだろうぜ。



fin


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