トゥルー・コーリング
トゥルー

原島拓司は、電気街に来ていた。
長年使い続けてきた携帯電話が壊れてしまったため、新しい機種を買いに来たのだ。
齢50に差し掛かろうとしている彼は最近のスマートフォンと呼ばれる機械には全くついていけず、こうした場所に来れば安い値段で古い機種を入手できると思ったのである。

周囲は雑多な喧騒に包まれていて、煌びやかな店舗がいくつも立ち並んでいる。
普段、自宅と働いている町工場を行き来するだけでほとんど外出することがない拓司は、すでにそんな電気街の街並みに気後れしていた。

思い描いていたこの街の印象は、狭い通りにパーツ店が建ち並ぶようなものだったのだが。
もはやそれも昔の話で、今はすっかり様変わりしてしまったようだ。
時代の波に取り残されたかつての街並みと自分が重なって、酷く暗い気分になってきた。

ボンヤリと周囲を見回してみると、携帯ショップだけでこの通りに何店舗もある。
こっちにある店と向こうにある店で、一体何が違うのだろう?

「――はい!次にご紹介するのは、先週発売したばかりの最新機種です!見てください、このフィット感!女性の手にもピッタリと馴染む、大変人気の商品です!」

目の前にある店先では、黒い制服に身を包んだ女性店員が、通行人に向かってスマートフォンを掲げながら声高らかに呼び込みをしていた。
若く美しいその人に見蕩れて、思わず近付きたくなる。
しかし中に入った途端、あんな未知の機械を勧められたらどうしよう?
そう思うと躊躇して、遠巻きに店の様子を眺めることしかできないでいた。


「おや……あなた、何かお探しですかな?」

不意に、背後から声をかけられた。
振り向くとそこには、ボサボサに髪を伸ばした怪しげな初老の男がいたのだ。

拓司は知らず知らずの内に、うら寂れた店に半ば足を踏み込んでいたらしい。
携帯ショップの隣りに、こんな時代錯誤な店があったとは。
直前まで拓司が思い描いていたイメージ通りの雰囲気だ。

しかも周囲の棚を見ると、何世代も前の携帯電話が並べられている。
中古販売店だろうか?

「あ……ハイ、そうなんです。今使っているケータイが故障したので、代わりのものを探していまして」

隣りの店よりは相談しやすいと思い、拓司は思い切って店の主らしき男に話しかけてみた。
髪の毛の間から覗く眼光が妙に鋭く、一見不気味さを覚える風貌だが――

「なるほど。どうぞ、ご自由にご覧になってください」

店主は人懐っこい顔で微笑んで、拓司を店内へと招き入れた。
妙に落ち着く店の雰囲気に警戒心を解きつつ、早速棚に並べられた携帯電話を物色させてもらう。

こんな古い型のものばかり取り揃えて、まさに自分のような人間のために用意されたとしか思えない店舗だ。
高齢者を客層に見立てれば、それだけ需要があるのかもしれない。

「……物凄い数ですねえ」

「ここは、人の『想い』を叶えることができる場所です。きっとあなたの目に留まるものが見つかることでしょう」

思わずつぶやいた言葉に、店主が大袈裟な返事をする。
セールストークの類だろうが、拓司としては通話さえできれば特にこだわりはないので、これだけの数があれば選ぶのに苦労はなさそうだった。

「……ん?」

――そう思った矢先、一台の携帯電話が目に飛び込んできた。
引き寄せられるように近付いていく。

ストレートタイプの黒い携帯電話だ。
今まで拓司が使っていたものよりも、さらに古いモデルに見えた。
手に持って、よく観察してみる。

外装のどこにも、メーカーの名前は記されていない。
テンキーを見ても「True Call」や「Share」と言った、初めて目にするような名称のボタンばかりが並んでいた。

「……ほほう、それをお選びになりましたか」

「!?」

妙に興味をそそられたことに疑問を感じていると、背後から笑いを含んだ店主の声が飛んできた。
心の中を覗かれたような気恥ずかしさに、拓司は思わず身構える。

「気になるのでしょう?心惹かれたのでしょう?それは、あなたの後ろめたい願いを成就させるために作られた、この世に一つしかない逸品です」

「ど、どう言う意味です……?」

「あなた――何か人には言えないような、暗い想いを抱えているでしょう?」

店主の指摘に、再びヒヤリとする。
先程の、古い街並みと自分を重ねた時の沈んだ感情を思い出す。

「そもそもここは、抑圧された願望を持つ者だけが入ることを許された場所でしてね」

「抑圧された、願望……?」

「あなたは街の人々に対して、言いようのない疎外感を感じていた……違いますか?」

「な、何を突然……!」

「人は得てして静寂の中よりも、集団の中に埋没した時こそ孤独を覚えるものですからね」

「私が……孤独……?」

――そうだ。
人生の伴侶どころかろくな友人もおらず、毎日同じことを繰り返すだけの無感情な日々。
それはまるで、色を失った世界だった。

なのに、この街は色とりどりの光に満ちていた。
周囲の人間たちは、当たり前のようにその色に溶け込んでいる。
無色な自分とはまるで違う世界を生きているのだ。

「道行く人々への羨望と嫉妬……あなたが抱いている暗い感情の正体が、それです」

店主の言葉が、拓司の中に巣食う胡乱だった暗い感情をじわじわと具現化させていく。
形を持ったそれは、闇色の獣のように身を起こそうとしていた。

「心の声を聞いてください……囁いているでしょう?「蔑むやつらを見返してやりたい」「幸せそうな奴らを踏みにじってやりたい」と――それが成就した時にこそ、あなたは本当の悦びを覚えるのです」

「う……!」

鼓動が早まり、思わず胸を抑える。
沈んでいたはずの自分の心が、明らかに歓喜を覚えていた。

「今のあなたならば、その悦びを自らの手で満たすことができるのですよ」

「ど……どうやって……?」

拓司はすっかり店主の話に聞き入っていた。
血走った目で、男の顔を見返す。

「簡単です……他者を『支配』すればいいんですよ」

「他人を、支配する……?」

「どんな人間でも自分の思い通りにすることができれば、最早それはただの人形でしかありません。劣等感を覚えることもない。嫉妬に苛まれることもない。すべてがあなたに屈服した存在なのですから」

支配――
何と言う甘美な響きなのだろう。

「そんなあなたの支配欲を満たしてくれるのが、その携帯電話です」

「こ、これが……?」

「はい。まさにそれは、『他者を支配する携帯電話』なのですよ」

のろのろとした動作で、手に持った携帯電話を見下ろす。
――どう見ても、只の”ガラケー”にしか見えないのだが。

「テレパシーと言うものをご存知ですか?」

訝しがる拓司にくっ付くくらい顔を寄せて、店主が耳元で囁く。

念話 テレパシー 、または精神感応。感覚器官を用いずに直接相手の心と意思の疎通を図る現象……いわゆる超能力ですね。相手の心に干渉する力……つまり、他者の心を操ることも、他者の心を乗っ取ることも思いのままと言うワケです」

店主の顔に浮かんでいた笑みが、亀裂のように歪みだした。
先程までの柔和な笑みとは違う、まさに悪魔の笑いだ。

「もうお分かりですか?あなたが選んだのは、そんな 念話 テレパシー を機械的に発現する装置――『携帯念話』なんです」

「携帯……念話……?」

話がどんどん荒唐無稽さを増してきた。
さすがに拓司も、幾分冷静さを取り戻してくる。

「これを使えば人の心――人の魂に接続して、自由に意識を操ることができるのですよ」

「そんな、そんな馬鹿なことが……」

「信じられませんか?では、実際にやってみせましょう」

店主は怪しみだした拓司の手から携帯念話を取り上げると、店の外を振り返った。
鋭い視線を、隣りの携帯ショップに向ける。

「ふむ、彼女で試してみますか」

店主が指差した相手に、拓司の鼓動が一段と強く跳ね上がった。
何故ならそれは、彼が見蕩れていたあの女性店員だったからだ。

長い黒髪を後ろで纏めた小さな顔と言い、プロポーションの整った長身の体と言い、CMに出てくる女性タレントと比べてもまったく遜色ない美貌の持ち主だ。
どう考えても怪しすぎる店主の話ではあったが、彼の言葉が事実ならば、彼女のような一生出逢うことのないはずの女性ですら、自分の好きにできると言うのか?

「この端末は電波ではなく、周囲の人間の魂の波長を探知できます。まず、こうやってアンテナを伸ばして――」

拓司の葛藤を余所に、店主はマイペースに説明を続ける。
黒い携帯念話の側面に収納されていたアンテナを引き延ばして、その先端を女性店員に向けた。

「――ターゲットを選び、魂の波長を計ります。魂にはそれぞれ『 念話番号 トゥルーナンバー 』と呼ばれる番号が振り分けられていまして、相手に狙いを付けたまま、ここにあるボタンを押すと――」

店主はテンキーの頂点にある横長の、「True no.Search」と記されたボタンを指で押し込んだ。
その途端にスピーカー部分からプッシュ音が流れて、液晶ディスプレイに数字が浮かび上がってきた。
全部で13桁の数字だ。

「画面に数字が表示されましたね。これが、あの女性の『念話番号』です。こうやって相手の魂の番号を調べて 念話 テレパシー をかけることで、その人物の魂に接続できるのですよ。さあ、それでは彼女の魂に呼びかけてみます……心の準備はよろしいですか……?」

店主は悪魔の笑みを浮かべたまま、テンキーの左側にある「True Call」ボタンに、ゆっくりと指を近づけていった。

あり得ない――
あるハズがない――
そう思いつつも、店主の動きを止めることも、目を逸らすことも出来ない拓司であった。

店主が力強くボタンを押す。
アンテナの先端とテンキーが明滅を始めた。
「トゥルルルル」という電話そのもののベル音が、スピーカーから聞こえてくる。
拓司は首を伸ばすように携帯ショップを覗き込み、女性店員に注意を向けた。

隣りの店でそんな騒ぎが起こっていることなど知るはずもなく、彼女は相変わらず営業スマイルを浮かべながら、熱心にスマートフォンの売り込みを行っている。
マイクも使わずに、こちらまで聞こえてくるほどの透き通った美声だ。

「今なら待ち時間なしで、全てのお手続きが――」

言いかけた女性店員の肩がビクンッと震えて、手に持っていたスマートフォンを地面に落とした。
暖かかった笑顔が、瞬時に凍りつく。

拓司は驚きに、目を見開いた。


「とうるるるるるるる」

女性店員は虚空を見上げたまま唇を突き出すと、突然口で電話のベル音を再現した。
携帯ショップの周囲に、その奇妙な声が響き渡る。

「とうるるるるるるる……とうるるるるるるるる」

虚ろな目つきでタングトリルを続ける女性店員。
明らかに普通ではない――通行人も何が起きたのかと、ざわつきだしている。
呆気に取られた拓司が振り返ると、店主が携帯念話を耳に当てたまま頷き返してきた。

――まさか本当に、彼の仕業なのか!?
半信半疑のまま、視線を女性店員に戻す。

彼女は唇を震わせながら、片手を宙に泳がせていた。
今まで持っていたスマートフォンを探すような動きだ。

しゃがみ込んで拾えばいいだけなのに、何を思ったのか女性店員は手の動きを止めると、徐に片脚を持ち上げてパンプスをつかみ取った。
そのまま、パンプスを耳に近づける。

「ぷつッ!……はい、こちらは、有賀希理子の魂です」

女性店員は耳に当てたパンプスに向かって、機械音声のような抑揚のない声で喋りだした。
靴を電話に見立てたごっこ遊びでもしているみたいだ。
それが子供でなく、本職の携帯ショップ店員がやっているのだから、異様な姿としか言いようがない。

「魂を、お繋ぎしますか?」

「お願いします」

女性店員の問いかけに、店主が応える。
すると、またしても彼女の体が感電したように痙攣を起こした。
パンプスを持たない反対側の手が、ダラリと体の脇に下がる。
全身から力が抜けたのが、遠目にも分かった。

店主は茫然とする拓司に思わせぶりな目配せをしてから、携帯念話のスピーカーに「こちらへ来てください」と囁いた。
見えない糸にでも引っ張られるように――脱力した女性店員が、拓司たちに向かって歩きだす。
片脚は靴を履いていない為、ぎこちない動きで中古販売店の中へと入ってきた。
そのまま女性店員は、店主の横に並び立つ。

「――どうです?今、私は彼女の魂を支配しているんですよ」

「――どうです?今、私は彼女の魂を支配しているんですよ」

2人は拓司に向かって、異口同音に話しかけてきた。
店主のしわがれた声と、女性店員のまったく感情の籠らない無機質な声が、言い淀むこともなくピッタリと揃っている。
事前に練習したとしか思えない息の合った喋り方だ。

「う、嘘でしょう……?」

拓司は目を瞬かせて、店主と女性店員を交互に見比べた。
こうして相対しても、いまだに信じられない。
2人揃って拓司を騙しているのではないか?

「まだ疑っているようですね……では、有賀希理子さん」

「はい」

「スカートを捲ってください」

「畏まりました」

店主が携帯念話越しに指示を送る。
希理子と呼ばれた女性店員は能面のような無表情のまま、制服のスカートの裾をつかんで躊躇なく引っ張り上げた。
黒いパンストに包まれた、ベージュのショーツを履いた股間が丸見えになる。
拓司は口をあんぐりと開けて、その光景を凝視した。

「携帯念話の持ち主は、魂を接続した相手の支配者となるのです。だからこんなことをしても、彼女は抵抗すらしない……」

店主は平然とした顔で、女性店員の制服を盛り上げる大きな胸に手を伸ばして、無造作に鷲づかみにした。
どれだけ乱暴されようとも希理子は微動だにせず、スカートを摘まんだ格好で立ち尽くしている。
まさに、人形のようだ。
しかし店主の手の動きに合わせて形を変える乳房は、明らかに作りものではない柔らかさで、端から見てもとてつもなくイヤらしかった。

「さらに!携帯念話の素晴らしさはこれだけではありません……相手の意識を完全に乗っ取るところをお見せしましょう」

店主は胸を揉むのを止めて、「True Call」ボタンの下にある「Share」ボタンを押した。
再び、希理子の体が大きく震える。
今度の変化は、明らかだった。

彼女の顔に――亀裂が生まれた。

悪魔の笑み。
横で店主が浮かべているのと、そっくりの表情だ。

「はぁぁ〜……!分かりますか?この機能を使えば、携帯念話の使用者は相手の体を拡張したもう一つの『自分の体』として、思い通りに動かすことができるのです……!」

無表情だった希理子が、顔を歪ませながら店主の言葉を引き継ぐ。
携帯ショップで浮かべていた営業スマイルからもかけ離れた、あまりにも不気味な笑顔だった。

「むふふ〜ん♪やはりずっと立ち仕事をしているからか、相当な臭いが籠っていますねぇ!どれどれ……ス〜ッ、ハ〜……!」

希理子は持っていたパンプスを鼻に当て、思いっきり深呼吸をした。
気持ちよさそうに目を瞑ったまま、ウットリと反芻する。

「ふぅぅ、たまりませんなぁ!魂を接続した状態ならば、こうして彼女が感じたものを一緒に味わうことすら可能なのですよ!」

すると、隣りにいる店主までもが、鼻の穴を膨らませて相好を崩した。
仲良く同じ格好で悶える様は親子のようだが、しかし女性の方は自分の靴の臭いを嗅いで欲情しているのだから、真正の変態としか思えなかった。

「だから、こうやって体を触らせれば……」

希理子が見せびらかすように、腰のくびれを手で撫で回す。
体の凹凸に沿って、細く長い指が艶めかしい動きで這いずっていく。

「あふ……っ!男には分からないはずの女の快感を知ることだって容易くできるのです。んはぁ、この娘かなり感度がいいですねぇ……!」

希理子は自分の肉体を弄りながら、色っぽい喘ぎ声を漏らした。
彼女が体をくねらせる度に、店主も同じリズムで溜息を吐いている。

次々に繰り広げられる、非現実的な景色。
拓司はもはや、正気を保つのが精一杯だった。
すっかり呼吸は乱れ、股間がギンギンに勃起していた。

「くふふっ、ようやくご理解いただけたようですね……?では彼女を解放してやるとしましょう。元に戻すには、念話を「切断」すればいいのです」

拓司の有様を見て満足そうに頷いた店主が顎をしゃくると、希理子は扇情的に腰を振りながら、店の外に出て行った。
元いた携帯ショップの立ち位置に戻る。
そこで店主が、テンキーの右端にある「切」ボタンを押した。

「……?かはっ!え、え、え……!?」

途端に希理子の顔から険が消えて、鼻に当てたパンプスに驚いたように咳き込んだ。
慌ててそれを放り捨てて、キョロキョロと周囲を見回す。

「わ、わたし、何を……!?」

どうやら、正気に返ったらしい。
しかし魂を支配されていた間の記憶は、まるで覚えていないようだ。
直前までスマートフォンを持っていたはずなのに、気が付いたら自分の靴を顔に当てていたのだから、彼女の驚きも相当だろう。

「……携帯念話の操作手順は以上です。どうです、使ってみたくなったでしょう?」

興奮冷めやらぬ拓司に向き直って、店主が説明を終える。
――もはや芝居を疑う余地など、どこにもなかった。
拓司は脂汗を垂らしたまま、言葉を発することもできずにコクコクと頷く。

店主の笑みが柔和なものに変わり、携帯念話を差し出してきた。
恐る恐る手を伸ばして、何とかそれを受け取る。

「他者を支配する楽しさを、是非あなたも体験してください……」

店主の言葉を意識の外で聞きながら、拓司は手渡された携帯念話を凝視した。
最初に触った時に比べても、握っているだけで体の芯が震えてくるほどの”力”を感じる。
背中にゾクゾクと鳥肌が立った。

「あ……でも、支払いの方は……!?」

暴れ出す心を落ち着かせるべく、現実的な相談をしようと顔を上げる。
しかし次に拓司が見たのは、信じられないものだった。

――店内にいたはずの自分が、いつの間にか外に立っていた。
しかも店の入り口が、シャッターで塞がれていたのだ。

店主が拓司を追い出して、強引にシャッターを下ろしたわけではない。
スラット全体が赤黒く錆び付いていて、どう考えても相当な年月は人の立ち入った形跡がなかった。

「一体……どう言うことなんだ……」

思わず、口からつぶやきが漏れる。
狐に摘ままれたような気分だ。
本当に自分は、悪魔と取引でもしてしまったのではないだろうか?


「有賀さん!有賀さん、大丈夫ですか!?」

茫然とする拓司の後ろでは、立ち尽くす希理子を心配した同僚が駆け寄ってきていた。
のろのろと、そちらに首を巡らせる。
希理子に比べるとまだ初々しさを感じる小柄な女性店員が、彼女を介抱していた。

「何か……ちょっと、立ちくらみを起こしたみたいで……」

「無理しないでください。少し休憩してきた方がいいですよ」

「そ、そうね……悪いけど、しばらくここをお願いできる?」

「はい、後は任せてください」

希理子はすっかり弱々しい顔つきで、後輩らしき女性店員に持ち場を預けて携帯ショップの奥へと消えていった。
さっきまでの明るさは見る影もない。
魂を接続されると、人はあんな風になるのか……

拓司はゴクッと生唾を飲み込み、携帯念話を握りしめた。
血走った目を、新たに現れた女性店員に向ける。

「いらっしゃいませー!ただ今、週末限定のフェアを開催中でーす!」

小柄な女性店員は先輩の分まで頑張ろうと、道行く人々に向かって元気に声を張り上げている。
希理子に比べると声量が明らかに足りないが、それを必死に補おうと張り切る姿が微笑ましい。

肩の上で切り揃えたサラサラの黒髪や、まだ幼さを残した顔立ちを、遠目にじっと凝視する。
向日葵のように明るい笑顔は、希理子とはまた違った魅力がある。

華やいだ雰囲気が拓司の元まで漂ってくるようで、携帯念話を持つ手が汗ばんできた。
これを使えば――店主が希理子にやったように、自分もあの子を好きにできるのか……!

妄想が頭の中でパンパンに膨れ上がり、呼吸が荒くなってくる。
我慢できなくなった拓司は、早速彼女に 念話 テレパシー をかけることにした。

「えっと、確かアンテナを相手に向けて、真ん中のボタンを押すんだよな……」

店主の説明を思い出しながら、女性店員に狙いを定めて 念話番号探知 True No. Search ボタンを押し込む。
電子音が鳴り響き、すぐに13桁の念話番号が表示された。
やはり、希理子のものとも数字が違うようだ。

原理はさっぱり分からないが、とにかくこの番号に接続すれば、彼女の魂を支配できるはずだ。
ドキドキしながら、震える指を 念話 True Call ボタンの上に移動させる。

「いらっしゃいませ!何か、お困りですか?」

「え――」

すぐ側から、可愛らしい声が聞こえた。
反射的に前を見ると、向こうにいたはずの女性店員が拓司の正面に立っていたのだ。

口から心臓が飛び出しそうなくらい驚く。
思わず両手で携帯念話を握りしめて、石像のように固まってしまった。

さっきはあの不思議な店にいたから騒いでも問題なかったが、今、拓司は携帯ショップの目の前で無防備に携帯念話を操作していたのだ。
絶好のカモとして、声をかけられるのも当然だった。

――どうする?
適当に誤魔化して逃げ出すか?

とは言え、獲物としてはこれ以上ないくらいの極上品だ。
それに、魂を支配してしまえば、多少怪しまれたとしても問題ないはず。

ならば――このまま一気に押し切るしかない!
拓司は覚悟を決めた。

「え、ええ。実は購入したばかりで、操作に戸惑っていまして」

人見知りな性格を無理やり押さえ込んで、店員に泣き付く。
操作がおぼつかないのは事実だから、迫真の演技と言えるだろう。

「はい、お任せください。ちょっと失礼しますね?」

女性店員は相手を安心させようと柔らかい笑みを浮かべたまま、拓司が持つ携帯念話を覗き込んだ。
その表情が、わずかに戸惑う。

駆け出しとは言えプロである以上、一通りの製品の知識は頭に入っているのだろうが、これは世界に一つしかない規格外の端末なのだ。
希理子を応援に呼んだとしても、詳細は分かるまい。

「えっと、こちらは……海外製品ですか?」

「私も人から勧められるままに戴いたので、詳しいことは知らないんですよ」

それでも親身になって調べようとしているのが、実に健気だ。
拓司は内心ほくそ笑みながら、アンテナを彼女に向けた。

「なんでも、ここを操作すると不思議なことが起きるらしいので……ちょっと見ていてもらえますか?」

もっともらしいことを言って、今度こそ念話ボタンを押す。
すぐに受話器から「トゥルルル」とベル音が鳴りだした。

「は、はあ……」

女性店員は当然ワケが分からず、首を傾げている。
拓司は彼女を見つめたまま、変化が起きるのを静かに待った。

数秒も経たずに――

「!」

女性店員がビクンッ、と体を硬直させた。
大きな目が驚きに見開かれ、全身が虚脱する。

「とうるるるるるる」

蛸のようにすぼめた可愛らしい唇から、電話のベル音が鳴り響く。
虚ろな目つきで舌を震わせる様は、希理子そっくりだ。

「とうるるるるる……とうるるるるるる」

手の中の携帯念話の振動と、女性店員のタングトリムがピッタリと同調する。
店主がやっているのを見ている時には分からなかったが、この小さな機械の影響で彼女に異変が起きていることが、体感として理解できた。
女性店員はやはり希理子と同じように片脚のパンプスをつかみ取ると、それを耳に当てた。

「ぷつっ!……はい、こちらは、桜木絢音の魂です」

抑揚のない声で、正気とは思えない名乗りを上げる。
それは、携帯念話のスピーカーからもハッキリと聞こえてきていた。

「魂を、お繋しますか?」

「は、はい……!」

女性店員――絢音の言葉に、拓司は被さるように返事をする。
その瞬間、掌の中で携帯念話が心臓の鼓動のように一段と大きく振動した。
絢音の体もビクビクと痙攣する。

――携帯念話から伝わってくる”力”に、変化が生じた。
目に見えない『気』のようなものが、彼女に向かって流れだしている。

顔を上げると、絢音は焦点が定まらない虚ろな目つきのまま、マネキン人形のように動かなくなっていた。
無遠慮に近付いてみても、何の反応もしない。
あれほど体から漲っていた元気が、どこか遠くへ飛んでいってしまったみたいだ。

――これで、彼女は拓司の支配下となったはず。
言い知れない興奮に包まれながら、確認を試みる。

携帯念話に向かって「もしもし」とつぶやく。
すると、僅かなタイムラグもなく絢音も「もしもし」と声を発した。

「マ、マジかよ……?」

「マ、マジかよ……?」

「すげえ!本当に……!?」

「すげえ!本当に……!?」

どれだけ喋り続けても、遅れることも言い間違えることもなく、絢音の声は完全に拓司とハーモニーを奏でている。
まさに彼女は、人間スピーカーと化していたのだ。

変化は、拓司の体にも起きていた。
携帯念話が手の中で肌に馴染んでいくような、奇妙な感覚がある。
馴染み過ぎて、まるで体の一部となったみたいだ。

さらに、頭の中に携帯念話の操作方法が次々に浮かんできていた。
機械に弱いはずの自分が、全ての機能を一瞬にして理解してしまったみたいだ。

相手を人間スピーカーとしてだけでなく、ロボットのように操る方法もすぐに分かった。
何も考えずに受話器に喋りかけるのではなく、相手をどう支配するか意思を込めて囁きかけることで、念話番号の持ち主はそれに従ってくれるらしい。

「……さ、桜木絢音さん」

名前を呼ぶと、絢音は無表情のまま、拓司を見た。

「わ……私の声が、聞こえますか?」

「はい、聞こえております」

「私は原島拓司。あなたの魂を支配するものです」

「はい、原島拓司様。何なりとご命令ください」

受話器を通して、いくつかの質問をする。
絢音は先程みたいに拓司の台詞を繰り返さず、ちゃんとした受け答えをしてくれた。

棒読みながらも自分を様付けで呼び、服従する女性の姿がたまらなくイヤらしい。
股間が熱くなり、反射的に前屈みになる。

これが――支配欲!
他人を服従させる行為が、こんなにも楽しいものだったとは。

しかも、それだけではない。
念話を続ければ続けるほど、絢音とも魂そのものが一体化していくような感覚があった。
彼女の心が、彼女の記憶が、拓司の中へと流れ込んでくる。

――携帯ショップ店員として、先月研修を終えたばかりだと言うこと。
――年齢、身長、体重、果てはスリーサイズまで。
――どうやら、彼氏とは大学卒業を機に別れたばかりらしい。

口に出して質問をしなくても、そんな個人情報が手に取るように分かった。
彼女のすべてを、拓司は掌握している。
まさに携帯念話は、相手を完全に支配する夢のような道具なのだ。

「すげえ、すげえ……!」

操り人形となった絢音は、拓司にとっては玩具も同然だった。
我慢できずに、子供のようにはしゃいでしまう。

どんな命令にも従ってくれるのだから、体に触ったところで抵抗すらしないはずだ。
小柄ながらも女性らしいスタイルを誇示する体型を見下ろしながら、思わず舌なめずりする。

胸の膨らみに手を伸ばそうとして――

「……いや、待てよ。どうせなら……」

――途中で、止める。

店主が、希理子の意識を乗っ取った時の光景を思い出す。
あの姿には、本当に心を奪われた。
操作を熟知したのだから、ちまちましたことはせずに意識を同化して、自分も女の感覚と言うものを味わってみよう。

拓司は動かない絢音に再び狙いを定めて、携帯念話の 「共有」 Share ボタンを押した。
その瞬間、電流のような衝撃が迸る。
見えない力が、拓司と絢音に照射された。

――突然、『世界』が広がる。
五感が急激に膨れ上がった。

鼻孔をくすぐる、甘い匂い。
くたびれたシャツとズボンを着ているはずの体に、肌を締め付ける布地の感触が伝わってくる。

「「こ、これは……!」」

驚きの声を漏らすと、絢音も同じ台詞を口にする。
それだけなら今までのスピーカー状態と変わらないが、身じろぎをすると彼女も同じ動きをしたのだ。

首を傾ければ、絢音も首を傾ける。
腕を持ち上げれば、絢音も腕を持ち上げる。

声だけでなく、動きまでもが同調している。
鏡に映った鏡像のように、まったく同じ動作をしてくれているのだ。

しかも拓司が感じているこの甘い匂いは、絢音の体が放っているものだ。
拓司が感じている布が締め付ける感触は、絢音が着ている制服のものだ。

間違いなく拓司は、絢音の感覚を共有していた。
今の彼女は「もう一つの拓司の体」となっていたのだ。

「ふむ……そうか、こうすれば……」

眉間に皺を寄せながら、自分と化した女性店員を睨みつける。
すると、絢音が2、3度目を瞬かせて、その場でクルッと体を一回転させた。

「おお、自由に動かせるぞ……!」

無表情だった顔が、いきなり豊かに変化した。
自分の体を見下ろして、頬を緩ませる。
向日葵のようだった本来からはかけ離れた、下品な男同然の笑い方だ。

――おそらく、自分もあんな笑みを浮かべているのだろう。
店主が乗り移った希理子と同じように。

支配した相手の肉体を自由に操縦するコツも、拓司はあっという間につかんでしまったようだ。
もはや絢音は、頭で念じるだけでどんな行動でも取ってくれる生きた傀儡だった。

「へへ、へへへ……!」

絢音が鼻の下を伸ばしたみっともない表情で、自分の頬を撫で回す。
すると拓司の顔に、見えない手で触られたような感触が伝わってきた。

「ぅおっ……!?」

――ハッキリと、くすぐったさを覚える。
しかもそれだけでなく、若く瑞々しい肌の弾力が掌にはね返ってくる感覚もあった。
絢音が自分の体を弄る感覚を、直接触らなくても同じように体験していたのだ。

我慢できずに、制服の上から乳房を乱暴に揉みしだく。
頬以上のとんでもない柔らかさと同時に、暖かい刺激が込み上げてきた。

「あ、あん……!」

絢音がとろんとした目つきで、溜息を吐いた。
拓司も初めて覚える未知の感覚に、ウットリと酔いしれる。

「こ、これが、女の気持ちよさ……!」

想像以上の感度だ。
これに比べれば、男の快感などただの子供だましだった。

「そ、そうだ……どうせなら……!」

店主を真似て、絢音にパンプスの履き口を鼻に当てさせる。
下ろし立ての靴の革の臭いと足の臭いが混ざり合って、一気に鼻孔を貫く。

「フ〜ッ、た、たまらん……!あっ、あぁん……♪」

絢音はパンプスの臭いを嗅ぎながら、もう片方の手で胸を揉み続けた。
異なる種類の快感で、気が狂いそうになる。

自分の靴の臭いを嗅ぎながら胸を弄ると言う変態行為を、彼女の肉体は抵抗なく受け入れていた。
当然、その臭いは宿主である拓司にフィードバックしてくるので、同じように悶絶してしまう。

肉欲を掻き立てる卑しい香りに触発されて、もっと大胆なことをしたくなるが――
さすがに往来でやるには、人目がありすぎる。
と、なれば。

「あふ……っ、お客様ぁ、こちらへどうぞぉ」

絢音が頬を上気させたまま、拓司を携帯ショップへと導いた。
片脚だけ靴を脱いだ状態でぎこちなく歩く彼女の後ろを、ニヤニヤと付いていく。
店内に入り、目立ちにくい奥の一角に体を潜り込ませてから、2人は再び向かい合った。

「新しいケータイをお探しなんですよねぇ?こちらのパンフレットをご覧くださぁい」

絢音は新人には相応しくないふてぶてしい笑みを浮かべながら、棚から適当に取った冊子を開いて掲示してきた。
前に立つ彼女の体が壁となって、周囲からは拓司の姿がほとんど見えていない。
これならば多少の無茶をしたとしても、何も知らない連中には気付かれにくいだろう。

「ほほう、どれどれ」

近くに邪魔な人間がいないことを確認すると、拓司は前傾姿勢を取りながら紙面を覗き込んだ。
そのまま、パンフレットの下でさり気なく片手を前に突き出して、スカート越しに絢音の股間を撫で摩る。

「……ぁはぁっ」

絢音が艶のある吐息を漏らした。
性的興奮で、秘所が濡れだしているのが分かる。
人差し指と中指でグリグリと股間を刺激してやると、恥丘の弾力と一緒に、股の間に湿り気が広がっていくのがハッキリと感じ取れた。

「ん……っ、こちらなんてどうですかぁ?」

絢音は快感に耐えながら表面上のアドバイスを続けつつ、こっそりと脚を大きく開いた。
拓司は素早くスカートの中に手を忍び込ませて、今度はパンストの上から割れ目を指で引っ掻くように擦ってやった。

「ふぁ……っ!くふ……っ」

少しでも気を抜けば蕩けた声を上げそうになり、絢音は口を真一文字に閉じている。
開いた脚をギュッと内股にして、もじもじと体を左右にくねらせているのが、たまらなくイヤらしかった。

「んっ……ほほう、今はこういうのが人気なんですねえ」

拓司にとっても女の快感は想像を絶するもので、喋っていなければ棒立ちになってしまいそうだ。
表面的には澄ました顔を取り繕って、一見の客の仮面を被り続ける。
しかし片手は獰猛な獣のように、女性店員の股間に食らいついていた。

「ぁ……っ!今ならどれでもお安くご案内できますので……んっ!どうぞお好きなものを手に取ってご覧くださぁい……くはぁっ!」

辛うじて営業スマイルを浮かべてる絢音も、自ら腰を前後にゆっくりと振って、拓司の指を求めている。
太ももでガッチリとこちらの手を挟んでくるのがたまらない。

こんなところで店員と客が堂々と猥褻行為に及んでいるなんて、周囲を行き来する通行人たちは想像すらしていないだろう。
社会人として前途ある若い女性に、職業倫理に背くような行動を無理やり取らせているのだ。
その背徳感が、拓司の中の獣性を猛烈に掻き立てる。

「くぅ……っ!あっ!はぁ……んぶっ」

激情は必然的に彼に支配された絢音にも流れ込み、体の中で暴れ回った。
もはや口を閉じるのも限界と言った様子で、慌ててパンプスで顔を覆う。
しかしそれによって、再び籠った臭いが鼻を這い上がってきた。

「ぶふっ!?ん、んお、お"……っ!」

予想外の刺激に、絢音の理性が吹き飛ぶ。
叫びを上げるのだけはパンプスで何とか防いだが、上下から生まれた圧倒的な快感が混ざり合って、ついに爆発する。

一瞬で絢音の肉体は、オーガズムに達した。
秘所が決壊して、熱い奔流となった透明の液体が、パンストの内側を浸透していく。

「くっ……はぁっ!」

融合した男女の絶頂感に、拓司もあっさりと射精を許してしまった。
両脚から力が抜けそうになり、スカートの中に突っ込んでいた腕を慌てて引き抜く。

絢音の愛液で、指はすっかりふやけていた。
指先から漂ってくる雌の匂いが、辺りにたちまち充満する。

「お、女って……すげえ……!」

ぐっしょりと濡れた掌を見下ろして、拓司は呻くようにつぶやいた。
本来ならば果ててすぐに鎮まるはずの体が、緩やかな興奮に浸りきっている。
男であるはずの自分が、こんなところでも「女」としての感覚を共有できるのか。

「はあ、はあ……は、はは……」

「ふ、ふは、ふはははは……!」

「「ふはははははははは!!」」

拓司と絢音の荒い呼吸が――次第に、堰を切ったような笑い声に変わった。
手を取り合って、この場で踊りだしたいほどの気分だ。

携帯念話の力は、想像以上だった。
魂の支配者とは、ただ相手を服従させるだけの存在ではない。
今の拓司は、絢音のすべてを『識った』のだから。

彼女の体がどれだけ気持ちいいのかなんて、本人以外に分かるはずもないのに。
別れた大学時代の恋人でも、ましてやこれから彼女と人生を共にするであろう未来の夫でも知らない秘密を、拓司は共有しているのだ。
これが、感動せずにいられるだろうか?

女として一度果てたことで、彼の支配欲は縮むどころかどこまでも膨れ上がっていた。
心に巣食った闇色の獣が、さらなる渇きと飢えを求めている。

人目を気にして店の中に隠れてやっていても、ここまでの行為ができたのだ。
ならば今度は逆に、過激な行動を取りたくなると言うもの。

拓司の邪悪な意思に操られるがままに、絢音は携帯ショップの外に流し目を送った――




「ほら、これだよこれ。写真がすんげえ綺麗に取れるらしいぜ?」

「ええ〜、別にまだ替えなくてもよくな〜い?」

携帯ショップの店先では、陳列されたスマートフォンを手に取り、一組のカップルが大きな声で騒いでいた。
商品を物色している間も体を密着させて、通行人に白い目を向けられているのもお構いなしだ。
――そこへ、女性店員が近寄ってくる。

「いらっしゃいませ〜。お客様ぁ、何か気になる商品がありましたでしょうか〜?」

「あ、すんません!これって前のとどこが違、う……」

声をかけられた彼氏の方が後ろを振り返り――そのまま硬直した。
何故なら、営業スマイルを浮かべて現れた女性店員の姿が全裸だったからだ。
彼女がやって来た背後の通路に、脱ぎ捨てられた制服や下着が散乱していた。

「ただ今、格安キャンペーン中でぇす♪そちらのお古から……わたしに乗り換えてみませんかぁ?」

カップルが呆気に取られる中、全裸の女性店員――絢音は、彼女の方に蔑んだ視線を浴びせながら、彼氏の腕をつかんで強引に引き剥がした。
そのまま手を取って自分の胸に触れさせる。

「タッチセンサーの感度も抜群ですよぉ?ほ〜ら、こんな風に……あっ、あぁん♪」

絢音は全身を上下に揺すって、気持ちよさそうによがり声を上げた。
店員の信じられない行動に麻痺していた彼氏だったが、掌から伝わってくる柔らかい感触に、次第に表情がみっともなく緩み、自分から乳房を揉み始める。

「アッ、アンタ、何してんのよ!?!」

たちまち彼女の方が激昂して、絢音につかみかかった。
我に返った彼氏が慌てて静止するが耳を貸さず、2人は激しいキャットファイトを展開する。
騒ぎに驚いた通行人が止めに入り、周囲はたちまち大騒ぎになった。


「くくくっ!くはははは……っ!」

――少し離れた場所で携帯ショップの騒動を眺めながら、拓司がゲラゲラと笑い転げている。
実に、痛快な見世物だ。
幸せに浸りきっていたはずのカップルが、自分の思惑一つで無様なまでの醜態をさらしているのだから。
絢音も彼に命じられるがままに、躊躇なくあんな姿になってくれていた。

衆人観衆の注目がピークになったところで、携帯念話の「切」ボタンを押す。
途端に、絢音が正気を取り戻した。

「……?は……え……?」

周囲に漂う異様な空気に違和感を覚え、続いて自分が服を何一つ身に付けていないことに気付く。
絢音は一瞬で、パニックに陥った。

「い、いやああああっ!?」

泣き叫びながら、その場に蹲ってしまう。
カップルの女性が警察を呼べと怒鳴り散らす中、騒ぎを聞きつけた希理子が携帯ショップから飛び出してきて、あられもない格好の絢音をバスタオルで包んでやった。
周囲に群がる観衆の中には、その光景をスマホのカメラで撮影する者までいる始末だ。

「最高だ!マジで最高だよ……!」

次々と野次馬が群がる人の波に逆らうように、拓司だけは携帯ショップから遠ざかっていく。
震える手で口を押えて、高笑いしそうになるのを必死で堪えていた。

思わず、携帯念話を懐に隠してしまう。
警察に呼び止められたところで拓司のした行動が明るみに出るはずもないが、当の本人がこの端末の恐ろしさを誰よりも理解していた。

念話 テレパシー なんて、やっていることは携帯電話と大して変わらないと思っていたのに――
これを使えば、どんな人間にどんな命令だって下せることが実証されたのだ。

逆らえる者は誰もいない――
携帯念話の持ち主は、力なき人々の上に君臨する絶対君主なのだから!

無色だったはずの目の前の景色が、いつの間にかギラギラと眩いほどの極彩色に染まっていた。
光の中に溶け込んでいたはずの人々が、みんな獲物に見える。

男に媚を売ることしか能のない軽薄そうな女。
ブランド品に身を包んでスタイルを誇示するお高くとまった女。
道端に立って呼び込みを続けるメイド服姿の少女。
イベントホールでファンに偽りの笑顔を振りまくアイドルたち。
etc……

――もはやここは、ただの電気街ではない。
拓司の心を、拓司の欲望を満たすためだけに用意された、『魂の狩場』なのだ。

「さぁて、お次はどいつの魂に接続してやろうか……?」

アンテナを伸ばした携帯念話を掲げながら、拓司は醜悪に笑う。
その笑みは、あの店主とそっくりな――亀裂のような笑みだった。


<完>



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