多重人格転移、最高!
トゥルー



「本当に・・・そんなことできるのかよ・・・?」

オフィスがある階へと上昇するエレベータの中で自分の手を見下ろし、思わず口からそんな呟きが漏れた。
俺の名前は石園欽二。
ここ――株式会社トランス書院で働くキャリア3年目のライターだ。

トランス書院は写真週刊誌から小説のレーベルまで、手広いジャンルの本を発行する出版社である。
本が売れないこのご時世においても、確実に業績を伸ばしているのが我が社の凄いところだ。

もっとも俺が籍を置く「アトランティス」はマニア向けのオカルト雑誌で、一部のファンのおかげで何とか廃刊にならずにすんでいるような、会社にとってはお荷物同然の雑誌である。
当然、それに携わる俺の扱いも同様だった。

扉が開いたのでエレベータを降り、喧騒が漏れ聞こえてくる通路に立つ。
広いフロアには、様々な雑誌の編集部がごった返している。
通路を歩きつつ、俺はその中央のブロックに目を向けた。

女性向けファッション誌「アップル」の編集部。
俺の視線が、PCに向かって姿勢よく作業をしている一人の女性の姿を捉えた。

富士崎美紅さん。
アップル編集部の編集者の一人だ。
しかしその美貌は、社内でもトップクラス。
雑誌記者なんかしていないで、あなたがモデルになって紙面を飾った方が部数が伸びるんじゃないの?とまで言いたくなる人だ。
密かに彼女に惹かれていた俺だが――面と向かってアプローチする勇気はなく、それどころか同僚として名前さえ覚えられているのかも怪しい体たらくだった。

アップルはトランス書院でも売り上げNo.1の雑誌。
それゆえか、今の社内はアップルを中心としたカラーに染まっている。
編集部のスタッフも、今ではほとんどが女性だ。
だから、俺のような男性スタッフの立場は非常に低い。

ましてや売上的にも底辺に位置するアトランティスの人間が、アップルの花形記者にお近づきになろうするだけで、周囲のスタッフからゴキブリを見るような目で見られるのは必至だった。
俺はすごすごと華やかなアップル編集部を横切り、自分の席があるアトランティス編集部へと向かった。

「戻りましたー」

「おう、ご苦労さん」

誰とはなしに帰ってきた報告をすると、近くにいた先輩が声をかけてくれた。
しかし顔はモニタに向いたままで、おそらく何か記事向けのネタがないかと、オカルト関連のネット掲示板でも覗き見ているのだろう。
同じような動作ながら、美紅さんとはあまりにも違うそのやる気のなさに、思わず苦笑してしまった。

持っていた資料を机の上に放り投げる。
その動きに合わせて、手首でじゃらじゃらと音が鳴った。
音を立てたものの存在を思い出し、再び自分の腕に視線を落とす。

――さっきまで俺は、とある霊媒師の元へ取材に行っていたのだ。
その男は、自らを『魂の解明師』などと謳い、妖しげな心霊グッズの販売まで行っていた。
実際に会うまでは胡散臭さしか感じられなかったのだが、活動を見学させてもらうと、彼を信奉する者が結構な数いることに驚いた。
インタビュー中、霊媒に関する様々な興味深い話や面白いエピソードを聞き出すことができた。

霊媒師は話術に長けた男で、聞き手になっていたつもりが、気付けば俺の方が日頃の悩みを相談する羽目になっていた。
心の中に溜まっていた膿を吐き出すべく、社内での待遇の不満をぶちまけた時――とある道具を与えられた。
それが今、腕にはめているこの数珠だ。

禍々しいまでに真っ黒い、一つ一つが人の顔の形を模した不気味な数珠。
なんでもこれを使えば、「他人と意識を同化できる」と言うのだ。
そうすればどんな人間でも自分の思い通りになると、あの霊媒師は断言した。
あからさまに眉唾臭かったが――実際に彼は、俺の目の前で秘書の女性と意識を同化してみせたのである。

それは芝居だとはとても思えない、異様な迫力があった。
もしもその力を、自分でも使いこなせられるのなら・・・!
直前まで抱いていた懐疑心はいつの間にかどこかへ吹っ飛び、俺は妖しげな数珠が放つ魔力に取り憑かれてしまった。

「己の欲望を解放しろ」と、あの霊媒師は言った。
こうした道具を人に与え、それによってその人間がどう変わるのかを見届けるのが、自分の楽しみだとも言っていた。

次に会う時に、実際に数珠を使用した体験談を記事にして持ってくると約束し、霊媒師との形ばかりの取材は終了した。
すっかり俺は彼の信者の一人になった気分で数珠を身に付け、異様な興奮を抱いたまま、こうして会社に戻ってきたのである。

あれから時間が経ち、冷静な自分も幾分取り戻したのだが・・・
これがあれば溜まりに溜まった日頃の鬱憤を晴らせるのかと思えば、ダメ元でも試さずにはいられなかった。

そうだ・・・
もしも数珠の力が本物なら、あの美紅さんでさえ俺の好きにできるのだから!

えっと、確か数珠を腕に巻いて精神を集中させたまま、相手の体に触れって言ってたよな・・・?
俺はキョロキョロと、周囲を見回した。

アトランティスの隣にある文芸誌「アーカイブス」の編集部に目を向ける。
一番手前に、同期の綾瀬が座っていた。
おっとりとして少し天然気味の子だが、普通に俺に接してくれる数少ない女性だった。
よし、彼女を実験台にしてみるか・・・!

「なあ、綾瀬」

俺は内心ドキドキとしながら、綾瀬の机に近づいた。

「ん〜、どしたの石園君?」

綾瀬が首をこちらに向け、キョトンとした顔で聞いてきた。
警戒心抱かれていないのをいいことに、彼女をじっと見つめながらこっそりと精神を集中させる。

霊媒師が語っていた言葉を呪文のように脳裏に刻みつつ、拳に力を込める。
そのまま俺は腕を伸ばし、机の上に置かれた綾瀬の手をギュッと掌で包み込んだ。

「え・・・」

無遠慮に汗ばんだ手で触られ、さすがに綾瀬が不快そうに顔を歪める。
しかし次の瞬間、俺の中で何かが「どくん」と震えたのだ。
見えないエネルギーが、腕を通して綾瀬の方に流れ込んでいく。

「ひっ」

その途端、綾瀬は肩をビクッと痙攣させ、歪めていた顔を呆けた表情に変えた。
2人の腕と腕の間に何かが――それこそ「魂」がつながったような力を確かに感じる。
まさか、本当に・・・!?

「ぉ・・・おお・・・!」

固まっていた綾瀬が、低い唸り声を漏らした。
目を瞬かせ、俺の顔を見上げる。
俺と彼女の視線が交錯し、じっと見つめ合う。
まるで何かを目で訴えるように――分かり合えた者同士にしかできないような、そんな見えないメッセージが俺たちの間を飛び交った。

「マジかよ・・・!」

「マジだよ・・・!」

俺の声に、同じ口調で答える綾瀬。
間違いない――
今の彼女は、俺の意識と同化している!
理屈ではなく魂で、まさに魂で理解した。

綾瀬はいつものほんわかとした雰囲気ではなく、卑屈そうな笑みを浮かべていた。
それは確かに、鏡で見る俺の表情と瓜二つだ。
試しに、一端手を離してみる。

「ぁ・・・あれ?」

綾瀬の顔から卑屈さがストンと削ぎ落ち、不思議そうな表情に変わった。
すぐさまもう一度手を握りしめる。
それだけで、彼女の面差しが一瞬で豹変し、俺と化した。

「うへ・・・うへへへへ・・・!」

「信じられないぜ・・・本当に、俺になっちまったのか?」

「ああ・・・今の俺は綾瀬じゃない・・・お前自身さぁ!」

握り合った手をぶんぶんと振りながら、俺たちは笑い合う。
なるほど、手をつなげている時だけ綾瀬は数珠の力に縛られているようだ。

「意識の同化」と言っても、自分と相手の思考を共有して誤解なく理解し合えるようになるような、新人類の感応波的なモノとは違うらしい。
これでは一方的な同化――言わば「乗っ取り」だ。
今の綾瀬の体を動かしているのはこの俺、石園欽二の人格だった。
他者の体に自分の意識を転移させることが、数珠に秘められた霊力ってことなのか・・・?

椅子から立ち上がらせ、俺の精神を宿した女が本当に自分の思い通りになるのか、確かめてみる。
何も考えずに動くと、綾瀬は俺とまったく同じ動きを模倣した。
何か指示を頭に思い浮かべれば、そのとおりに動いてくれる。

すごいな・・・!
まるで彼女がSFアニメに出てくるようなロボットになり、俺が操縦しているみたいだぜ。

数珠の力で俺とつながっている綾瀬は、言うなれば強制的に作られた多重人格者――
転移した俺の意識が上位人格となり、彼女本来の意識は下位人格として、心の奥底に沈んでいるようだ。
上位人格は下位人格を支配する立場にある為、綾瀬の意識に指示を与え、思い通りに操ることも可能だった。
そうすれば、彼女しか知りようがない知識や記憶だって見放題。
数珠の持ち主を前に、意識を同化された相手は秘密を隠すこともできないってわけさ。

しかも俺の意識をコピーされた綾瀬にとって、石園欽二本体である俺は、全ての支配権を持つ最上位人格と呼ぶべき存在。
綾瀬はもう一人の俺であり、俺の命令に絶対服従する操り人形でもあるのだ!

――などと偉そうに、まるで俺自身が霊媒師にでもなったような物言いだが、数珠を実際に使用したことで、そんな専門的な知識が湯水のように頭の中に湧き上がってきていた。
これも数珠の効能なのか?
どうやらあの霊媒師が所有する心霊グッズと言うのは、それぞれが「魂の解明師」である彼の能力を、断片的に再現する効果を持っているらしい。

「お前ら・・・何やってんだ?」

長年パートナーを組んできたかのように息の合った社交ダンスに興じる俺と綾瀬の姿に、先程声をかけた先輩が完全にドン引きした様子で呆れている。

「「へっへっへっへ!いやあ、これは踊らずにはいられませんよ!」」

俺たちは寸分違わぬ口調で大笑いしながら、空いている手と手を叩いてオクラホマミキサーを踊った。
そうさ、喜ばずにいられるかっての!
現実離れした摩訶不思議な力を、霊力の欠片もない俺が使いこなしているんだから!

オカルト雑誌のライターとして、興奮するなと言う方が無理な話である。
しかも数珠の能力は、これだけではないのだ・・・

俺の意識を宿した綾瀬が、ニヤリと口を斜めに歪めたまま、自分の席の隣りに流し目を送った。
真木と言う女性が、よく通る声で電話をかけている。
イチイチ命令を下さずとも全てを理解した綾瀬は、俺に頷いた後、手をつないだまま彼女の背後に忍び寄った。

「ねえねえ、真木さ〜ん♪」

甘ったるい声で綾瀬が真木に囁く。
ふふふ、とても俺に操られている人間には見えないよな・・・
こんな口調で喋っているのがもう一人の自分だと思うと気持ち悪くなるが、見た目が本物の女なら別に気にする必要すらないことだ。

「はい、はい、少々お待ちください・・・何よ、綾瀬!?今、打ち合わせ中なの!話なら後にしてちょうだい!――すみません、それで明日の件なのですが・・・」

受話器に向かって穏やかな口調で通話を続けていた真木は、一転して般若のような顔でこちらを振り向き、綾瀬をぴしゃりと怒鳴りつけた。
こいつは四六時中誰かに怒りをぶつけていなければ生きていけないのかと、ピリピリとした態度が標準装備の面倒臭い女だった。
一瞬だけ、綾瀬の後ろにいる俺をゴミでも見つけたような無感情な目で見る。

そうだ、そうだ・・・
この女はいつも、俺に対してこう言う態度を取っていたんだよな・・・
ぬふふ、だったらお前に対する仕打ちは決まりだ!
意地悪い笑みを浮かべたまま、綾瀬が空いている方の手をにぎにぎと蠢かせた。

――意識を同化した人間は、いわば肉体そのものが数珠の力の効果範囲となっている。
その為、こんなこともできるのだ♪
綾瀬はおもむろに、受話器を持っている真木の手を乱暴につかんだ。

「ちょっと!?なに、を――うぇへへへへ〜・・・♪」

通話を邪魔され、再び真木の顔が朱に染まったが、それが一瞬にして蕩けただらしない笑顔に変わった。
まるで綾瀬が浮かべている表情を真似でもするかのように。

「んあ?あ〜、そー言えば電話中だったか・・・んふふ、ごめんあそばせ〜、ちょっと大事な用事ができたので、これで失礼しま〜す♪」

真木は直前までの恭しい態度が嘘のように小馬鹿にしたような口調で相手にぞんざいな断りを入れると、乱暴に電話を切ってしまった。
そのまま椅子から立ち上がり、両目をトロンと歪ませて自分の体をジロジロと見下ろす。

「おほほ・・・すげえ・・・!手をつなげている限り、何人でも俺になっちまうんだなぁ・・・!」

鼻の穴を膨らませたみっともない顔で、真木が独りごちる。
そう、綾瀬に手を握られた彼女は、新たなる石園欽二と化していたのだ。

――数珠を嵌めた手で触られた人間は、意識を乗っ取られる。
さらにその人間が別の相手を触れば、第三者すらも俺の意識とつながってしまう。
これを繰り返せば、延々と俺と言う人間が増え続けることが可能なのさ!

「うひひ・・・俺の心に支配された気分はどうですか、真木さ〜ん?」

「もう最っ高〜☆石園君と一つになれるだなんて、こんな光栄なことはないわ〜♪」

俺は数珠の力をさらに確かめるべく、真木に宿った俺の人格を引っ込め、彼女本人の意識を浮上させた。
しかしすでにその人格も俺の支配下にある為、表に出てきたところで先程までとは態度がまるで違う。

真木はいつもの不機嫌さは微塵も感じさせない様子で、俺に向かって最高の笑顔を振りまきながらクネクネと腰を振っていた。
本来ならば嫌うはずの、男に媚を売るような仕草をしまくっているのが痛快だ。

「マジでどんな相手でも思い通りにできるんだな・・・おい、パンツ見せてくれよ」

「はい、喜んで!」

日頃のお返しとばかりに俺がゴミを見るような目つきで命令すると、真木は従順な飼い犬ばりに素早い動きでタイトスカートを捲り上げた。
うほほ、ピンク色のイヤらしいショーツが丸見えだよ!

「すげえ・・・!こんなこと、いくら金積まれたって絶対にやらないだろうに、プライドの高い真木さんが俺のオモチャになっちまったぜ!?」

「あっは〜ん、あたしのきったねー下着だったら、いくらでも拝んでくださいませ〜!」

真木は羞恥心を失くしたようにノリノリで両脚をがに股に開き、股間を見せびらかせた。
俺だけでなく綾瀬までもが、初めて女の裸を見た中学生のようなみっともない表情を浮かべている。

数珠の支配力は、恐ろしいまでに強力だった。
しかもこの数珠によってつながった人間の感覚も、俺は同時に感じることが出来るらしい。
手をつなげている以上、他人の肉体も自分の一部――自分の肉体の延長になっているんだからな。
試しに俺は、真木に片手で自分のオッパイを揉ませながら、更に机の角に股間を押し付けさせた。

「あっ・・・あぁん!き、気持ちいい・・・!」

「ふあっ」

「お、おお・・・!」

職場で恥ずかしげもなくオナニーを始めた真木が沸き上がる快感に甘い吐息を漏らし、同時に綾瀬が可愛らしい嬌声を上げ、次に俺の背筋をゾクゾクと痺れる感覚が這い上がってきた。
生まれて初めて感じた衝撃・・・
これが女の快感ってやつなのか!
本当に全員の感覚を、仲よく共有しているんだな!

真木は角オナを続けたまま、隣のデスクの女性に向かって腕を伸ばした。
いきなり奇怪な行動を取り出した同僚を唖然と見上げていたその人は、しかし手を握られた途端不気味な笑みを浮かべる。
会議で配られた資料を手渡すような自然さで、さらに隣の人間と手をつなげ、新たな犠牲者も同様の行動を繰り返す。

ふふふ・・・周囲の人間が、どんどん俺だらけになっていくぜ・・・
このまま一路アップル編集部を目指し、最後には美紅さんと意識を同化させる――それこそが、俺の目的だ。

今までは俺が彼女に近づくのを周りの人間が邪魔していたが・・・
全員が俺になってしまえば、そんな妨害をする敵はいなくなる。
誰も彼もが、喜んで俺の願いに協力する「同士」となるのだから!
待っていてね、美紅さ〜ん♪

すでにアーカイブスのスタッフのほとんどが俺の軍門に下っていた。
次号の見本をチェックしていた稲森編集長でさえ、仕事をほっぽり出して自分の姿に夢中だ。

「うへへ・・・こんなお硬い人まで、ペーペーの俺になりさがっちまうなんてなあ・・・」

俺の位置からではもはや会話すらままならない距離にいる稲森編集長が、机の天板に胸を押し付け、上半身を揺すってオッパイの弾力を楽しんでいる。
それを隣にいる俺になった別のスタッフが、満足そうに眺めていた。
う〜ん、壮観だぜ。

しかしここで、少し問題が生じた。
フロアはそれぞれの編集部の机が集まり、一つの島になっている。
その間は通路が広がり、別の編集部とは距離が開いていた。

稲森編集長を支配下に置いた今、このアーカイブス編集部に新たに俺を植え付ける相手はいない。
通路を隔てた先は目標であるアップル編集部なのだが、少し距離が遠い。
アップル内部に俺を潜り込ませるためには、まだまだ人員が必要だった。

先頭が役職の高い者とは言え、この状態で一気に近づけば、俺本人が行くのとは違う意味でアップルの連中に怪しまれるだろうしなあ・・・
何とかあそこまでたどり着くために、誰かが通りかかってくれればいいのだが――

しかし、神は俺を見捨てていなかった。
なんとそのアップル編集部から、女性スタッフが1人、こちらにやって来るではないか!

手に原稿を持っているので、コピーでも取りに行くのだろう。
やった!丁度、稲森編集長の側を通ってくれるぞ。
やって来たのは美紅さんほどではないが、ブラウスとクロップドパンツをオシャレに着こなし、派手目の化粧をした綺麗な女性だった。

「あら〜、あなたスタイルいいわね〜」

俺に操られた稲森編集長は、彼女が近づいた途端、エロ親父のような表情で素早くお尻を撫で回した。

「ひゃっ!?ちょっ・・・何するんですか!同性でもこれって、セクハラですよ!!」

女性は驚き、眉を吊り上げて稲森編集長に烈火のごとく噛みついてくる。
おーおー、さすがアップルの人間・・・
直属ではないと言え上司に向かってこの態度、自分たちこそがこの会社のエリートだとでも思ってやがるのか?
まったく、思い上がりも甚だしいぜ。

残念ながら、一瞬触っただけでは意識は奪えない。
しかし注意をこちらに向け、足止めさせることはできた。
ひひひ、こうなってしまえば、エリート記者だろうがなんだろうが関係ないっつーの・・・!

「別にいいじゃない、減るもんでもなしに・・・もう少し心に余裕を持たないと駄目よぉ、ほら・・・こうすればすぐに怒りも治まるわ」

「ふざけないでください!パワハラも含めて部長に報告させてもらい、ま、す、か、ら・・・うへへへへ〜♪」

わめき散らしていた彼女は、しかし最後まで怒りを維持できず、目じりを下げてだらしなく笑いだしてしまった。
なだめようと袖に触れてきた稲森編集長の手を払おうとして腕をつかんだ行為が、そのまま俺の意識に乗っ取られることになるとも知らずに・・・バカな女だぜ。

「ぐふふ・・・!他人が体に触れることは許さない・・・でも、自分で自分の体を触るのなら、何の問題もないわよね〜ん?ああん、わたしってばエロいケツしちゃって、もう・・・☆」

アップルの女性スタッフは、自らを嘲るような目つきで、自分の尻を思う存分撫で摩りながら、気持ちよさそうに鼻を鳴らした。
ざま〜みろっての!いやあ、痛快だぜ!

「――野波さん」

と、背後からそんな声が聞こえてきた。
振り返ると、すぐ側にスーツ姿の女性が立っていたのだ。

「お疲れ様です、長澤です。少しお時間よろしいですか?丁度今、うちの新人を連れて社内を案内しているところなんです」

どうやら営業部の人間らしい、俺も顔だけはなんとなく見覚えがあった。
彼女の後ろに、もう一人女性が控えている。

「彼女にはファッション誌全般を担当させるつもりなので、アップルの方にも紹介しておこうと思いまして」

長澤に促されて、その女性が前に進み出てくる。
スーツを着てはいるがだいぶ若い、学生だと言われても不思議じゃない子だ。

「ほら、有村」

「は、初めまして、有村です!よ、よろしくお願いします!!」

ガチガチに緊張しながら、機械仕掛けのようなぎこちなさで名刺を差し出してくる。
思わず自分の在りし日を思い出し、頬がにやけてきた。

俺にもこんな時代があったよなあ・・・
暖かな気持ちが伝わり、綾瀬や真木たちまでもが優しげな表情を浮かべている。
彼女もまさか周囲の関係ないスタッフどころか、視界にすら入らないほど離れたフロアの片隅にいる男からもそんなまなざしを注がれているとは、夢にも考えていないだろう。

「まあ、可愛らしい♪よろしくね〜」

名刺を受取り、アップルの女性スタッフ(野波と言う名前だったのか)が俺そっくりの粘つく視線で、有村譲の体をジロジロと値踏みする。
汚れきったこの女とは大違いだぜ。
よーし!お近づきのしるしに、おじさんが君をリラックスさせてあげようじゃないか・・・♪

「初めまして、野波です。うふふ、そんなに緊張しないで・・・これから「仲良く」なるんですから、握手でもしましょう?」

野波は全然似合わない猫なで声で喋りかけながら、すっと空いていた手を差し出した。
緊張のあまり顔面蒼白だった有村は、その砕けた態度に意外そうな表情を浮かべる。
アップルの人間が鼻持ちならないのは、社内でも有名だからな・・・
そんな相手に挨拶をするので相当ビビっていたのだろう。

だが、安心していいぜ有村ちゃん♪
あなたの目の前にいる女の中身はこの俺、石園欽二なんですからね〜?

「はい!まだ至らぬところもあると思いますが、精一杯がんばりま・・・うひゃひゃひゃひゃ!」

恐る恐る手を握り返し、生真面目に答えようとしていた有村は、突然狂ったようにゲタゲタと笑いだした。
あまりの出来事に、後ろに下がって控えていた長澤が飛び上がるように驚く。

「どうかしら、気分は・・・とてもリラックスできたでしょう〜?」

「はい〜♪すっかり心がエロイことで一杯になっちゃいましたよぉ〜・・・でゅふふふふ!」

互いに握り締めた手を指の腹でぐりぐりと撫でながら、笑い合う野波と有村。
とても一瞬前までガチガチだった新人とは思えないだらけっぷりだ。

「ちょ、ちょっと有村!なんですかその口の聞き方は!?」

「ええ〜、先輩も私に触ってみればよく分かりますよぉ」

「ふざけないで!野波さんに失礼で――あぁ〜、本当だぁ☆これで私も石園様の一員になれました〜」

先輩として無礼をたしなめようとした長澤は、有村に触られただけですべてを理解し、大人しくなった。
うんうん、これこそ相互理解ってやつだよ!

「むふふ・・・こういうオシャレな女もいいけど・・・スーツ姿の女ってのもたまらないわね〜」

「本当に・・・長澤先輩ってば、めっちゃやらしー体してますもんね?」

「あら有村こそ・・・無垢そうな顔してエロ可愛いわよ〜」

3人の女たちが、それぞれの服装を値踏みしながら興奮気味に体をくねらせた。
くひー、今すぐスーツを脱がして無茶苦茶にしてやりたいぜ!


「騒々しいわね・・・!一体、何の騒ぎ?」

その時、
俺が増えたことで変わりつつあったフロアの空気を、硬質な声が一刀両断に切り裂いた。
奥の部屋のドアがバタンと開き、中から現れたのは――明らかに不機嫌そうな、長身の女性だ。

烏丸麗希。
トランス書院の現部長にして、出版界の女帝とまで呼ばれている傑物である。
元々はアップルの編集長で、誌面内容を大幅に改革して部数を飛躍的に伸ばし、ファッション誌を購読する女性読者たちの間で同誌の名を不動のものにさせたのは、すべて彼女による手腕だった。
アップルのスタッフが増長する原因の最たる一人でもある。

明らかに俺たち平社員とは違うオーラを身にまとい、何色にも染まらない黒いスーツに包まれた日本人離れしたスタイル。
深みのある赤毛を腰まで伸ばした迫力ある姿は、さながら女獅子と言ったところか。
烏丸部長は鋭い瞳で、仲よく手をつないではしゃぎまくる奇妙な一団に、冷徹な眼差しを送った。

「稲森・・・どう言うことか、説明しなさい」

集団の中から一番役職の高い稲森編集長に視点を固定したまま、短く告げる。
有無を言わせぬその迫力は、俺と化したすべての人間を金縛りにさせるほどだった。

「や・・・あの、これはですね、その・・・」

普段は部長を信奉し、理路整然とした物言いをする稲森編集長も、中身が俺ではまともな弁明などできるはずもなく。
まいったぜ・・・いくら女帝とは言え、この人にだって数珠の力は通用するはずなんだが・・・
まったく隙がない。
手前にいる長澤程度が触ろうとしても、成功するとはとても思えなかった。

だが――それを逆手に取れば。
一か八かだが、烏丸部長のその決然とした「強さ」こそが、付け入る可能性だった。

「わ、私が説明します・・・!」

精一杯声を張り上げ、俺は動揺を抑えながら手を上げた。
稲森編集長を睨んでいた女帝の視線が、ジロリとこちらを向く。

それだけで、金玉が縮み上がった。
烏丸部長はもう一度稲森編集長を振り返り、「あれが?」と目で訴えてきた。
俺は編集長にコクコクと高速で頷かせる。

部長は大きく溜息を吐くと、そのままヒールを鳴らしながら俺の方へゆっくりとした足取りで向かって来た。
彼女が通るだけで、周囲の人間が思わず鬼軍曹の前に立つ新兵のように居住まいを正してしまう。

「あなた・・・アトランティスのスタッフ?そう言えばこの間も、あなたたちのくだらないアンケートに付き合わされたと、他の編集部からクレームがあったわ・・・今回もこんな騒ぎを起こしたというのなら、これは由々しき問題ね・・・!」

烏丸部長は射抜くような目で俺を見ながら、一歩一歩近付いてくる。
まるで死刑宣告までのカウントダウンのようだ。
あまりの怖さに逃げ出したくなるが――

あの目。
部長の、あの目付き。
あれこそが社内で、俺や俺の所属するアトランティスに向けられている、嘲りの眼差しだった。
それに対する怒りが、勇気へと変換される。

大丈夫・・・大丈夫なはずだ。
部長は、騒ぎの原因が自分の忌み嫌う低俗雑誌に関わる人間だと思って、完全に油断している。
これが信頼する稲森編集長あたりなら、様子のおかしいことに警戒心を抱かれるだろうが・・・
俺のことを、地面を這う蟻程度にしか認識していない。
踏みつぶしてしまえばすべて解決するだろうと決めつけている。
そこの隙こそが、俺の勝機なのだ。

迫る壁のような圧力で、烏丸部長がアーカイブススタッフたちの前を通り抜け、
真木の前を横切り、
ついに綾瀬の目の前に立ち、彼女と手をつなげている俺を、忌々しそうに睨みつけた。

「さあ・・・詳しい話を聞かせてもらえるのかしら?」

何と言う威圧感。
慈悲なき女王は腕を組み、男の俺よりも高い身長を最大限に誇示するように胸を反らして、傲然と見下ろしてきた。
まるでプロボクサーが素人に頬を近づけ、殴ってみろと挑発するように。
卒倒しそうな状況だが――部長のその態度はすべて、おれの想定通りだった。

今だ、いけ!
部長の後ろにいた真木が、あいつの性格を表した底意地の悪い笑みを浮かべる。

この会社で烏丸麗希に逆らおうとする人間など、一人として存在しない。
――ただし、その者たちが正気ならば。

そう、周囲にいるこいつらは、正気とは一番離れた精神状態にあった。
今、俺と手をつなげている連中は全て俺の傀儡、俺の忠実なる奴隷なのだ。
死ねと命じれば、躊躇なく自ら命を絶つことも厭わないだろう。
(もっとも、そんなことをしたら感覚を共有している俺まで酷い目にあうが)
つまり、神である俺の指示がどんなに無茶な命令であったとしても、こいつらは絶対に従ってしまうのさ・・・!

俺と同化した集団が見守る中――
真木は気配を殺したまま片脚を持ち上げ、烏丸部長の尻を思いっ切り蹴とばした!

「なっ!?」

部長は情けない声を上げながら、バランスを崩して前のめりになる。
踏ん張ろうとしているところへ、さらに横にいた綾瀬がダメ押しで足払いをかけた。

まったく予想だにしていなかっただろうぜ・・・
自分に対して、こんなふざけた真似をする部下がいたとは。

「ああ、部長危ない!」

俺はわざとらしく叫びながら飛び出し、倒れかかった彼女の体を抱き止めた。
自由な左手で肩を支えてやると、手首で「じゃらん」と音が鳴った。

「ひっ」

その瞬間、部長の口から引き攣ったように息が漏れたのを確かに聞いた。
俺は視線を、彼女の肩に触れた自分の左手に向ける。

先程音を立てたものが、部長の呼吸に合わせて微かに揺れていた。
左手首に巻き付けた――『数珠』が。

そう、それは右手にはめているのとまったく同じ数珠だった。
実は俺は、霊媒師からこの道具を2つ譲り受けていたのさ!
まさか両手でそれぞれ、別の人間と意識を同化させることになるとは思わなかったけどな。

「部長、お怪我はありませんでしたか〜?」

俺は笑いを必死に堪えたまま、体を支えていた手をボディラインに沿って移動させていく。
腕から「力」が流れていくのを感じている為、すでに緊張感は完全に解きながら。

「ん、ふ、ふ・・・!ええ、大丈夫よぉ・・・よく私を触ってくれたわぁ・・・♪」

顔を上げた烏丸麗希部長の表情は――ウソみたいに変貌していた。
目を細め、唇を吊り上げるようにしてニンマリと微笑んでいたのだ。

この人が笑っているところなんて初めて見た。
それも、俺そっくりの卑屈そうな笑顔を浮かべて!

「うひょ〜!とうとうこの人まで俺になっちまった・・・これで本当に、敵なしだぜぇ☆」

自分の方から俺の手を握り締め、烏丸部長は大きく伸びをすると、子供のようにはしゃぎまくった。
恐るべき強敵だったが・・・そんな人でも、数珠の力の前にはご覧のとおりだ。

一つの戦いを終えた俺は深々と息を吐き出し、強張っていた体から力を抜いた。
すぐさま部長が寄り添い、優しく抱擁するような格好で支えてくれる。

「ありがとうございます、部長」

「とんでもない・・・私を同化したと言うことは、もはやあなたがトランス書院編集部の部長であることと同じなのですから。さあ、石園様・・・この麗希に、何なりとご命令ください」

烏丸部長はそう言って、恭しく頭を下げた。
あの烏丸麗希が、俺にひれ伏している・・・!
信じられないほどの興奮に、股間がびんびんに勃起してしまった。

「へへへっ、じゃあとりあえず、こんなことさせちゃおっかな〜?」

「ああん、欽二様ぁ、あなたって本当に才能に溢れておいでですわぁ〜・・・こんな素晴らしいお方を昇進もさせずにこき使っていただなんて、さっきまでの私は何と愚かだったのでしょう・・・!」

俺が下卑た妄想を思い描いた瞬間、部長は時間差なしでその役を演じ始めた。
頭の弱い女のようにはしたない口調で、豊満な乳房をグイグイとおれの腕に擦り付けてくる。
うひひ・・・!こうやってこの女の尊厳を踏みにじることで、俺の心は充足感に包まれていくのだ!

「はあん・・・♪鉄で装った私の体を、グツグツに熱く溶かしてほしいですわぁ・・・!」

「ん〜、魅力的な申し出だけど、残念ながら俺には心に決めた人がいるんですよ・・・」

「分かっています・・・こんなババアの体なんて、あなた様にはふさわしくはありませんからね。必要なのは私の地位や権力。利用するだけ利用したら、どうぞゴミクズのように捨ててくださいませ」

「だったら早速、あんたには思う存分働いてもらおうか・・・俺の望みが何か、言う必要はないだろう?」

「ええ、勿論・・・何しろ私の頭の中身はあなたなんですから♪」

俺と烏丸部長は鏡合わせのようにニタニタと笑った。
これこそ以心伝心、ってやつだな・・・
いや、一人問答と言うべきか?

抱き付いていた部長が、何事もなかったかのように俺からすっと身を離す。
すでに表情は、彼女本来の厳しい顔つきに戻っていた。

「これから一部のスタッフはアトランティスの企画に協力をしてもらいます!関係ない人間は自分の仕事に没頭していなさい!」

烏丸部長はまさに部長らしい迫力で、俺の企みを誤魔化す口実を堂々とでっちあげた。
いやあ、トップを支配してしまえば後は楽なもんだぜ!
一体何が起こっているのかと、俺に乗っ取られていない社員たちが遠巻きに眺めていたが、烏丸部長にそう厳命されれば、すぐさま自分たちの席に戻り、作業に専念するしかない。

周囲を満足そうに眺め、悦に入る烏丸部長。
これが女帝のなせる特権なのか・・・
俺がそれを丸ごといただいたのだと思うと、感慨深いぜ!

部長を取り込んだ以上、マジでこの編集部は俺の思い通りなんだもんなあ・・・
ククク、ならばこの人自ら、美紅さんの元へと向かってもらおうじゃないか!

俺と同化した集団が半分に折れ、奥にいた長澤が狭い通路の間をこっちへとやって来る。
先頭に立つ彼女に、もはや女帝を恐れる雰囲気は微塵もなかった。
あるのはただ、同じ心を持った「仲間」への気安さだけ。

長澤が片腕を部長に伸ばす。
部長も当然のようにその手を受け取る。
俺とつないでいた手を離し、石園軍団の先鋒となった烏丸部長は、先程からは考えられない官能的な腰つきでクネクネと歩きながら、アップル編集部への進軍を再開した。

異様な光景であろうとも、最前列にいるのが部長なら、声をかける者など誰もいるはずもなく。
女帝が近づくだけで目すら合わせようとせず、隠れるように背中を丸めて縮こまるアップルの記者たち。

ついに――
ついにアップル編集部の聖地、
ゴールである美紅さんのデスクに到着した!

「長かった・・・・・・!」

思わず俺の感動が伝わり、部長が涙ぐんだ目で、深々とつぶやいた。
目と鼻の先に、富士崎美紅その人がいる。
彼女は周囲の喧騒などどこ吹く風で仕事に没頭していたようで、しかし真横に上司が現れたことに気付き、その美しい顔をこちらに向けてくれた。

「ああ、部長。騒がしかったみたいですけど・・・何かあったんですか?」

微笑みながら小首を傾げる美紅さん。
天然の茶色い髪が、窓から差し込む太陽光を浴びてキラキラと輝いている。
あまりの美貌に、俺と意識をつなげた全員の顔が、だらしなく崩れた。

「オ、オホン・・・富士崎さん、ご苦労様。お仕事の方はどうなっているのかしら?」

口内に溢れる唾を呑み込ませながら、烏丸部長に本来の雰囲気を取り繕わせる。
俺の興奮が伝播したせいで、全員の鼓動が跳ね上がってしまい、気分を落ち着かせるのも一苦労だった。
くそっ、こう言うところは意識共有のデメリットだな・・・!

「来月号の特集、大体完成しました。見てください、今年の夏物もいい新作が揃ってますよ」

美紅さんはモニタを振り返り、自分が組んだレイアウトを全面に映し出した。
夏をイメージした様々なロケーションで、モデルたちが夏向けの衣装を着飾り、思い思いの表情を浮かべている。

読者にページをめくるだけでオシャレを楽しんでもらえるような、細やかな気配りがデザインの隅々にまで感じ取れた。
これが野波たちなら、もっと着る人間を限定するような独善的な作り方になっていただろう。
女性としてだけではなく、同じ雑誌編集に携わる者としても憧れを覚えずにいられない・・・
どこまで素晴らしい人なんだ!

ああ、美紅さん・・・
今からこの人の清く澄みきった人格を、俺の色に染め上げられるのか・・・!

「ええ、OKよ。これでいきましょう」

「ありがとうございます」

「それにしてもあなたは本当によくやってくれているわ・・・こんな部下を持てて私は幸せよ。何かご褒美を上げなくっちゃ」

「いえ、そんな・・・!雑誌を作るのは私一人じゃありませんし、厳しく監督してくれる部長のような方がいるおかげですよ」

いつになく上機嫌の部長に褒めちぎられても、美紅さんはあくまでも謙遜する。
実に奥ゆかしい人だ・・・・・・!

「そ〜だ☆いいこと思いついちゃった!私たちを代表して、富士崎さんには石園様の所有物になってもらいましょう♪」

「え・・・・・・?」

しかし次に飛び出した上司の言葉に、彼女はさすがに目を白黒とさせて、真意を確かめるように部長の顔を見返した。

「あ、あの・・・それは一体どう言う・・・?」

「大丈夫、大丈夫・・・ほらこうすれば、あなたもすべてを知ることができるんだからっ」

不思議そうに問いかけてくる美紅さんの言葉を遮り、
部長は――部長に宿った俺は、興奮で汗まみれになってしまった掌を、ビチャッと彼女の美しい手に重ね合わせた。

「!」

びくん、と美紅さんの肩が竦み上がる。
長い長い経路を伝わり、彼女の体に俺の意識が流れ込む。
あまりの衝撃に、間をつなぐ全員が「おお・・・!」と呻いてしまった。
それほどの衝撃を、確かに感じたのだ。

今までの相手とはまるで違う。
荒れ狂った心をどうにか落ち着かせると――自分の腕から女たちの肉体を通して富士崎美紅さんの体へと、間違いなく俺の意識が太いロープのようにつながっていた。
まさにそれは、「魂の道」と呼ぶべきものだ。

「・・・気分はど〜う・・・?」

感覚的には実感したが、烏丸部長の口からあらためて問いかけてみる。
驚いた顔で固まっていた美紅さんの手が、ピクッと反応した。

「はい・・・そうですね・・・」

どこか遠くを見つめながら、先程までとは違う弱々しい声で、無感情な声を漏らす。
やがてその唇がゆっくりと、
ゆっくりと持ち上がり――
明らかに「笑み」の形に固定した。

「ええ・・・この私が、石園欽二様の所有物になれるだなんて、とても光栄なことですわ・・・!」

美紅さんは、彼女には相応しくない卑屈さに満ちた笑顔で、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
部長と手をつないだまま、片方の手で自分の体をギュッと抱き締める。
その柔らかい感触を、間違いなく俺も共有していた!

やった!
やったぞ!
ようやく美紅さんが、俺のものになったのだ!!

「「「ばんざ〜い!ばんざ〜い!!」」」

俺と美紅さんを除く全員が、大声で両手を上げながら祝福してくれた。
ふふふ、まるで当選が確定した議員か何かのようだな。
あまりの騒ぎに、さすがに周囲の編集者たちが驚いている。

部長に命令させて、関係ない彼らにすら拍手を送ってもらいたいくらいだ。
俺の喜びは、とても言葉では表現しきれなかった。

とにかく、これで願いは叶ったのだ!
まずは何をしたい?
彼女で何をしよう?

そうだ!
おもむろに美紅さんは椅子に座り直すと、電話を手に取り内線をかけた。
通話の邪魔にならないよう、部長にはつかんでいた手を肩の辺りに移動させる。

すぐさま俺の机に置いてある電話が鳴り響いた。
綾瀬を引っ張ったまま急いで席に戻り、受話器を大慌てで取る。

「も、もしもし?」

「・・・こんにちは、い・し・ぞ・の・くん。やっと私と一つになれたわね?」

電話の向こうから、美紅さんのビューティフルボイスが聞こえてきた。
首を伸ばしてアップル編集部の方向を覗くと、彼女がにこやかな顔で手を振ってくれていたのだ!

「み、美紅さん・・・!すげえ、美紅さんが俺の思うがままにしゃべっている・・・!」

「うふふ、私の体も心も、全部あなたのものになったんだから、当然じゃない」

「夢みたいだ・・・!こんなこと、今までは妄想の中でしかできなかったのに!」

「ええ・・・妄想は現実になったのよ。いつもそのデスクで、あなたが私に対してどんな卑猥な想像をしていたのかだって、今の私にはすべて筒抜けなんだから」

「な、何だか恥ずかしいな・・・いくら中身が自分だからって、妄想を抱いていた相手に心の中を丸裸にされているみたいだよ」

「あら・・・でも、だからこそその想いを叶えられるんでしょう?ほら、昨日の夢の中の会話だって再現してあげようかしら・・・?ンンッ、はぁ・・・好きよ、欽二くん・・・♪」

美紅さんがは咳払いをして喉を整えると、突然愛の告白をしてきた。
確かにそれは、昨夜見た夢の中にしか存在しないはずの、俺と恋に落ちる美紅さんの台詞だ!

「う、うわぁ〜!ほほほ、本当ですかぁ!?」

「モチロンよ〜。欽二君が入社した日から私、ずっとあなたに好意を寄せていたんだからぁ・・・」

受話器のコードを指に絡ませながら、美紅さんが甘い声で囁いてくる。
くううう!よもや彼女とこんな会話ができる日が、現実にこようとは!

「気付かなかったかしら?さっき取材から戻ってきた時だって、私の視線はあなたの股間に釘付けだった。欽二くんのチンポをしゃぶりたくしゃぶりたくてたまらなかったのよ」

さらに美紅さんに、とてつもなく卑猥な台詞を口にさせる。
なんと言うイヤらしさ・・・
もう、これだけで飯が何杯でも食べられるっての!!

「んふっ・・・あはぁ・・・」

電話越しに漏れ聞こえてくる、美紅さんの喘ぎ声。
絶対にこんなことをする人じゃないのに・・・
俺の意識に支配されたせいで、キャラに似合わないことでも嬉々としてやってくれている!

「ど〜う・・・会話だけじゃなくて、わたしのこういう声も聞きたかったんでしょう〜?」

「あああ!たまりません!よく分かりましたねえぇぇ!?」

「当然じゃない・・・だってもうわたしはあなたなんだから♪」

ここまでその艶めかしい吐息が漂ってくるようだ。
そんな行為を強要させることで、彼女の肉体が次第に欲情してきたことまで伝わってきた。

今や美紅さんの全てを、俺は掌握しているのだ!
こんな素晴らしいことがあるだろうか!!

2人の距離がもどかしい。
今すぐ彼女の体を抱き締めたい!
俺の興奮が乗り移った烏丸部長が、盛りの付いた犬のように美紅さんの体に密着しながら、後頭部に顔を突っ込んでいる。

「んん〜♪ぐふっ、ぐふふっ」

サラサラの髪の匂いを思う存分吸い込むと、嬉しさのあまり部長が咽び笑いだした。
完全に変質者だよな・・・
しかし美紅さんは抵抗せず、上司の凌辱を放置している。

彼女の髪の香りが、俺の鼻にも直接送られてきた。
同時に、後頭部にくすぐったい感触まで覚える。
互いの感覚ですら俺は共有できるのだ。
き、気が狂いそうだぜ・・・!

「はぁん、部長・・・愛しい欽二様に、私からの贈り物を届けてくれますかぁ・・・?」

猫みたいに気持ちよさそうに喉を反らしていた美紅さんが、濡れた目付きで懇願すると、部長はすぐに髪への愛撫を止めて身を起こした。

「分かっているわよ・・・さあ、いらっしゃい・・・」

みなまで言うなと、頷く部長。
そのまま2人は顔を近づけ――唇を重ね合わせた。

「んん・・・っ」

「あむ・・・っ」

唇だけでなく、舌と舌も絡ませる。
一瞬にしてその甘美な味が、俺の口一杯に伝わってきた。

や、柔らけ〜、美紅さんの唇!
しかも女同士のキスって、なんだか甘すぎて蕩けそうだぜ。

2人はディープキスを存分に味わう。
バキュームのように舌を吸い上げ、美紅さんの口の中を犯した部長は、名残惜しそうに唇を引き剥がした。
もう少し続けていたいが・・・今の俺には、こんな楽しみ方もできるのだ!

「じゅるるっ、ひゃあ・・・いふはんのあえきよ。ひっへきおこらずほおけあはい・・・(さあ・・・美紅さんの唾液よ。一滴残らず届けなさい・・・)」

「かしこまりました。んむ・・・っ」

烏丸部長は口内に美紅さんから吸い取った唾液を溜めこむと、横にいた長澤に口移しをした。
喉を鳴らし、自分と美紅さんの唾を注ぎ込む。
長澤はそれを呑み込まないように注意して、次に有村とキスをする。

そうやって有村から野波へ、
野波から稲森編集長へ、
女たちの唾液を加えながら、美紅さんの唾を送り届けるリレーが、ゴールである俺の口を目指して着々と近付いてくる。
俺は女たちのキスの感触を堪能しつつ、今か今かとそのプレゼントを待ち焦がれていた。

そしてついに――
綾瀬が真木とキスを終え、ゆっくりとこっちに首を巡らせる。

「おまはへ、いひほおふん・・・いふはんはあお、おほろへおろお(お待たせ、石園君・・・美紅さんからの、お届けものよ)」

綾瀬は口内になみなみと溜まった唾液を零さないように、慎重に顔を寄せてきた。
俺はすぐさま彼女の頭を掴んで、乱暴にその唇を奪ってやる。

「お・・・ごおっ」

綾瀬は喉を蠢かせて、自分の中の唾液を全て吐き出す。
俺はその淫靡な液体を、一滴残さず飲み干してやった。

くううう〜〜!美味い!
これこそ、世界一の聖水だぜ!

リレーキスを終えたことで、全員の興奮がさらに跳ね上がっていた。
冗談抜きで、心臓が破裂しそうだ・・・

ここまできたら、一気に美紅さんと最後まで関係を進めたいが――
さすがにこの状態では支障がある。
まさか全員と手をつないだままエッチはできないからなあ・・・

しかしまあ、焦る必要もない。
この数珠さえあれば、いつでも美紅さんと「ひとつ」になれるのだから。

と、なれば・・・

「んふふっ、取りあえず今日は、私の体を隅々まで楽しみましょうかね〜・・・?」

受話器の向こうで、美紅さんがイヤらしそうな声で俺の考えの続きを語ってくれた。
へへへ、相手も俺なら会話をする必要もないから楽でいいよな。

「部長たちの耳を使えば、私の声だって聴き放題だけど・・・電話越しにエッチな囁きを盗み聞くってシチュエーションの方が、あなたは興奮するでしょ〜う?」

「さっすが俺・・・!さあ、早くその麗しい声で、とびきりエロく喘いでくれよ・・・!」

「もう、しようがない人ねぇ・・・」

そう言いつつも、美紅さんはノリノリな様子で頬と肩の間に受話器を挟み込み、服を脱ぎ始めた。
コーデュロイシャツの襟のボタンを外して、胸の谷間を剥き出しにする。
サブリナパンツのファスナーを下ろして、すっかり濡れだした股間を丸出しにする。

さあ――このアップル編集部で、
普段は仕事に没頭する神聖なこのデスクで、
今から美紅さんに、公開オナニーを披露してもらおうじゃないか・・・!

ストリッパーも「俺」、観客も「俺」だなんて!
ああ、何と言う大掛かりな自慰行為なのだろうか!


――それからの一時は、まさに至福としか言いようがなかった。

「ああん、欽二くん・・・欽二くぅん!」

「うほ・・・っ、み、美紅さん・・・!美紅さん・・・っ!」

美紅さんには俺への愛の言葉を電話で告白させながら、自分の体を隅々まで愛撫させる。
俺は俺自身として、受話器から聞こえてくる憧れの人の艶めかしい吐息に煩悶としつつ、同時に美紅さんが感じる昂ぶりを仲良く共感させてもらった。

「ふあっ!」

「んんっ!」

「くひぃっ!」

「ひううっ!」

おまけに、美紅さんが気持ちよくなれば気持ちよくなるほど、その感覚を伝えるためのケーブルとなった女どもまで悶えまくるのだ。
綾瀬なんて俺の股の上に座り込んで尻をぐりぐりと押し付けてくるし、
向こうじゃ、あれほどいがみ合っていた稲森編集長と野波が互いの脚を絡ませている。
あの烏丸部長でさえ下品に腰を振っちゃって、まあ・・・
揃いも揃って、何と言うイヤらしいコーラス隊なのだろう!

その声に高揚し、美紅さんがさらに淫乱にオナニーに没頭していく。
彼女が生み出す快感は本当に凄まじい・・・真木の時の比じゃないぜ。

まさに富士崎美紅の肉体は、芸術品だった。
今すぐどこかスタジオを借り切って、色んな服に着替えさせた彼女の写真集を作りたいくらいだっての。

って、そんなこと――今の俺なら簡単に実現できるんだよな・・・?
次号の表紙を美紅さんにして、特集ページを作ることだって思いのままなんだ!

くおおおーーーーっ!
まさに俺にとって、あなたは永遠の女神ですよ!

「あはあああっ!欽二くん・・・!みっ、美紅さああああん!!」

――もはや、意識を切り替えることさえままならない。
俺の感動と彼女の性的興奮が合わさり、意識が、魂が膨れ上がる。
それが、膨大なエネルギーとなって股間で炸裂した!
椅子の上で全身がバラバラになるほどの衝撃が駆け抜ける。

「「「ひゃああああああああっ!!」」」

彼女が発したオーガズムが、光の速さで俺に伝わってくる。
手をつないだ部長や綾瀬たちが、吹き荒れる圧倒的な絶頂感に全身をのた打ち回らせた。
まさにそれは、エクスタシーのオーケストラ。
人体を流れる電気の実験でもしたかのように、揃って仲よく痙攣を起こしてその場にバタバタと倒れていく。
俺も我慢できず、射精と同時に手を離してしまった。

「はあっ、はあっ、はあ・・・っ!」

全ての力を使い果たし、机に突っ伏した俺は、呼吸が戻ってきたところでようやく体を起こし、状況を確認した。
――床の上に俺だった女たちが横たわり、時折股間をひくひくと震わせている。
美紅さんも椅子にもたれ掛り、上を向いたまま完全に気を失っていた。
目の前に広がる光景は、まさに死屍累々。

美紅さんの性的絶頂が伝わり、他の女たちも耐えられずにイってしまったみたいだな。
全員が感覚を共有している為、互いの絶頂感が人数分掛け合わさり、それを一度に体感したんだ・・・意識を保っていられるわけはない。
俺がこうしてピンピンしているのは、意識が飛ばないように数珠がブレーカーの役割をはたしてくれたからなのか?
あらためて自分の手を見下ろす。

本当に・・・数珠の真価は、想像以上の素晴らしさだった。
こうして意識が切り離された後も、女の快感を反芻するだけで股間が熱くなる。
麻薬以上の常習性がありそうだ。

憧れだった女性をあんな姿にしてしまった罪の意識も、数珠が放つ怪しげな力の前には、たちまち薄れていく。
股間に手を突っ込んだまま気絶している美紅さんを遠目に眺め、俺は獰猛に生唾を呑み込んだ。

――しかし、自分がしでかしたことながら編集部は酷い有様だった。
これじゃあ今日は、実質営業停止だな。

まあ別にいいさ、トランス書院は本日、俺の力で生まれ変わったんだから!
これからはこの石園欽二が頂点に立ち、女どもをこき使って、今までつっぱねられてきた企画だってやり放題に実現してやる。
溜まりに溜まった3年分の鬱憤を、思う存分晴らさせてもらうぜ!

アトランティスの部数をアップルより増やすことだって朝飯前なわけだし・・・
いや――それどころか、新しい雑誌を生み出すことだって可能なんじゃないのか!?

そうだよ!
今までどんな出版社でも作ったことがなかったようなオカルト専門誌を俺の手で創り、あの霊媒師に協力してもらってこの数珠のように素晴らしい道具を毎号紹介するって言うのはどうだろう!?
我が社の規模なら、心霊グッズの販売ルートを拡張する事だって容易い。
あの男にとっても待ち望んだスポンサーになるはず。

そうだな・・・立ち上げる雑誌は、今日俺がしたような不思議な体験を、メインの企画に据えるんだ。
オカルトの中でも特定の出来事に特化した――「他人になったり」「他人を支配する」楽しさを万人に理解してもらうために!

世の中には昏い情動を秘めた人間だって大勢いるはず。
そんな人々に希望の光を当ててやるんだ。
そして、俺のように日常に絶望している人間に、非日常の悦びを知ってもらう。
光り輝く人間たちに虐げられてきた、日陰者たちを応援する為にも。
どこかにいる未来の読者たちへ、俺が味わった興奮や俺が覚えた感動を知ってもらうためにも。
そうさ!何より俺たちは、読者のことを考えた記事づくりを志さないとね・・・美紅さん!?

へへへ、よお〜し・・・!
早速、明日から雑誌の創刊準備を始めよう。
烏丸部長の権力や美紅さんの編集能力があれば、新しい雑誌を作るのだって赤子をあやすくらい簡単にできるはず。
いずれはアップルを超えて、我が社一の雑誌にしてみせるぜ・・・

同志たちよ、楽しみに待っていてくれ!
雑誌のタイトルは・・・ズバリ、「TRANS−WEEK」だ!!



<おわり>



・本作品はフィクションであり、実際の人物、団体とは一切関係ありません。
・本作品を無断に複製、転載する事はご遠慮下さい。
・本作品に対するご意見、ご要望があれば、grave_of_wolf@yahoo.co.jpまでお願いします。

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